1.がっかりクリスマス
「今年のクリスマスも雑巾がけか。。」
小声でぼやきながら、ハナは力を込めて雑巾を絞る。
ポタポタと雫が垂れる。
バケツの中の水は、おばあちゃんがお湯を足してくれたおかげでちょうど良い温度になった。
-12月25日 クリスマス-
街中にはクリスマスソングが流れ、
どことなく人々の表情も嬉しそう。
年末の多忙さとともにワクワクした雰囲気が街中を包む。
そんなクリスマスの日。
毎年ハナの家には、サンタクロースではなく
おばあちゃんが隣町からやってきて
大掃除を指揮する。ハナはそれを手伝うのだ。
おばあちゃんは今朝8時前にやってきて
「お昼過ぎに掃除は全部終わるでしょう。」と言っていた。
ママとパパとハナで12月頭から少しずつ掃除は進めてきたが、
おばあちゃんは掃除の鬼。
そんなところも!?という箇所まで綺麗にする。
3人で掃除した箇所もおばあちゃんにとっては
「まだ甘い。」ということなのだろう。
昼過ぎに終わるならまだマシだ。
去年は夕方までかかった。
「ハナ。次は寝室の窓拭きをお願いね。
あぁ、出窓は危ないから拭かなくて大丈夫よ。」
おばあちゃんからの次の指令がおりた。
「はーい!」
返事だけはいい、と昔からよく言われる。
長所だと自分では思っている。心の中は置いといて。
ハナのママもパパも、年末は大晦日ギリギリまで働いている。
その為毎年ママはおばあちゃんに頼み、わが家の大掃除をしてもらうのだ。
来てくれたおばあちゃんを放って、
「クリスマスだから遊びに行く」なんて真似をしたらママにどんな雷を落とされるか。
考えただけでも恐ろしい。
ハナにはおばあちゃんの手伝いをする事しか選択肢はないのだ。
それにハナはおばあちゃんが大好きだから、お手伝いをするのも嫌いじゃない。
ただ、クリスマスなのだ。
クリスマスらしい事がしたい。
雑巾がけじゃなくて。
でも今朝枕元の「サンタクロースからの」クリスマスプレゼントは受け取り、
ママに「サンタさん来たね!」と笑顔で伝えた
(ママは5年生のハナがまだサンタクロースを信じていると思っている)。
昨日クリスマスイヴの晩はママとパパとケーキを食べた。
昼間はクリスマスパーティーと称して、
クラスの仲良しメンバー 畑中ユイカ、有田クルミ、三森サキとハナの4人で
ユイカの家に集まって遊んだ。
プレゼント交換だってした。
ハナはクリスマスっぽい事は沢山したと思っている。
でもまだ掃除に勤しむ気になれない。
クリスマスを終えて新年を迎えるんだ、
お正月の準備に取り掛からなくちゃ。という切り替えができない。
理由は簡単だった。
今日クリスマス当日。
単身赴任のパパが帰ってきているから家族で出かけるというクルミを除き、
ユイカとサキは別のクリスマスパーティーに参加しているのだ。
5年2組の過半数が参加するパーティーだ。
学級委員の佐久間君と片桐さんが仕切っている。
ハナも当然行く気でいたが、大掃除のことを思い出し泣く泣く断った。
クラスのみんなは行くのに行けない自分が悲しいとか仲間外れにされたとか、
そんな子どもっぽい理由で嘆いているのではない。
今日のパーティーには「堀君」が来るのだ。
堀君とハナは3年生から同じクラスになった。
クラス替えという魔のルールを乗り越え、
二人は現在三年間連続同じクラス。
ハナはこれを奇跡や運命の類いだと思っている。
ハナは男子と話すのが少し苦手だ。
乱暴な言葉づかいをしたり、力が強かったり
怖いと思う時がある。
でも堀君は違った。
落ち着いていて話をよく聞いてくれて、
優しい言葉で話しかけてくれる。
ハナは堀君なら色々と話す事ができる。
ユイカ達と話す時みたいに涙が出るくらい笑ってしまう時もあった。
他の男子の前でこんな風に笑えない。
堀君は地区のサッカーチームに所属していて
休日はいつもサッカーの練習。
チームの練習がない時でも一人で放課後自主練をしている。
そのせいか、誰かとつるんで遊んでいる姿はあまり見かけないし、
誰かが堀君と遊んだというのもあまり聞かない。
そんなめったに友達と遊ばない堀君が、
クリスマスパーティーに来るのだ。
これはハナにとって絶対なにがなんでも行きたいパーティーだった。
正直クリスマスパーティーなんて理由はどうでもいい。
堀君に校外で会えるという事に大きな意味がある。
ハナは自分でも堀君に好意を持っていることは気づいている。
その好意を堀君には気づかれたくない、
でももう少し堀君と仲良くなりたい。
このパーティーは堀君との仲を深める絶好のチャンスだった。
でもそんな期待も、おばあちゃんとの大掃除によってかき消された。