マジックポーチの行方
今回は悪魔のスキルを使って推理に見せかけた事件の解決を二つ書きました。
僕はそのとき周囲の時間が止まってしまったような錯覚に陥った。
でも実際は周囲の時間が止まったのではなく、僕の頭の中の思考があまりにも高速度で動いた為にそう感じただけだったのだ。
僕は自分の前世の記憶の概要のまた概要の、その要約のような内容を反芻していた。
僕の前世はフルーストラという悪魔でソロモンの72柱の悪魔の序列から外れた73番目の悪魔だ。
僕はソロモン王に従うことを嫌って勝手に自由気ままに生きて来た。それも何千年もの間。
だが悪魔の王たちが僕を滅ぼすことを決めて九柱の悪魔王たちが僕を取り囲んで破壊消滅させたのだ。
そのとき僕は角を落とされ、『鑑定』や『念話』の力を失った。
そして尻尾が千切れたので『気配察知』ができなくなった。
さらに翼が壊れたので『飛翔』や『瞬間移動』および『亜空間収納』の能力も失った。
本当はそのとき僕の魂も滅びて消滅してたはずなんだけれど、そこに偶然が重なった。
無作為・無指定の悪魔召喚をどこかで行った為に消滅から免れることができたのだ。
そして分離した肉体は召喚の場へ行き、消えかかった魂は、ある老人の魂の異世界転生と重なり合って、この世界に僕は生まれたのだ。
その後どんなことが起きたかというと、僕は双子の片割れとして生まれたという訳だ。
これは僕たちが生まれた後で分かったことだが、村の教会の神父のモールスさんは胎児の判定を聖魔法で行える人なんだけど、最初母さんのおなかには男の子が一人いただけだって言うんだ。
ところが途中でどういう訳か男の子と女の子の双生児に変わっていたので驚いたということだった。
けれど今にして思えば、僕にはその原因がわかるんだ。
器が一人分しかないところへ僕が無理やり入り込んで二つ分の魂になった為にやむなく器が二つに増えたという訳なんだ。
そして残った能力の『吸収』『同化』『統合』『寄生』などの能力も殆ど失われ、今残っているのは『吸収』だけになっていた。
しかもそれもL1だけ取得可能と言う状態だ。
その内容を調べると『死体の生前の概要と弱点や秘密の知識を得る』とあった。
僕はその少年の死因が知りたかったので、吸収L1を取得することにした。
少年の名前はレオナルド・ブーン、ブーン子爵の三男坊で、親に内緒で他領で冒険者登録をしてGランクの新人冒険者を装っていた。
そして今回『黒い翼』というDランクのパーティに誘われて簡単なクエストに参加したのだが、それは『新人狩り』の罠だったという訳だ。
僕は死体から手を離してミリーを見た。
「この死体おかしいよ」
「何が?」
僕はブランケットをさらに大きくめくって見せた。
「顔や手を見れば労働をそれほどしたことのない綺麗な肌をしているし、着ている服は一見地味なようだけど生地が高級なものを使っている。それにほら、ボタンは殆ど奪われているけど、きっと高価なボタンを使っていたに違いない。ほら、襟の裏に予備のボタンが隠れていた」
「あらほんと、よく見れば貝で作った高そうなボタンね」
「それに靴をみてごらん。オーダーもので名工が作ったしっかりしたものだ。サイズが合わなかったから奪わなかったんだろう」
「つまり……何が言いたいの? あっ」
「そうだよ、きっとこの人は貴族だよ」
「父さんに言って来る」
それからが大変だった。村長は領主のところに伝書鳩を飛ばした。
翌々日領主の所から使いが来て遺体を引き取って行った。
心当たりがあるらしいとのことで、かなり慌てていた。
ここの領主はポール男爵だから大抵の貴族はそれより上位になる可能性があるのだ。
それから数週間が経って立派な馬車が来て中から領主様が降りて来た。
「ミリーとトミーという双子はどこにいる?ブーン子爵様が会いたいと言ってるのでついて来るように」
あのとき死体が貴族だと騒いだのがミリーだった。
そのため気づいたのがミリーだと勘違いされて、後でトミーが言ったのだとミリーは主張したものの、結局二人が発見したことになりまとめて呼び出されることになったらしい。
僕らには空の馬車が別に用意されていて、そこに父さんとミリーと僕が乗せられた。
ラリーとアミ―は母さんと一緒に留守番だ。
もちろんラリーは行きたいと騒いだが、無礼があったら首を斬られるぞと父さんに言われて大人しくなった。
領主様の屋敷に着くとさらに立派な馬車が止まっていた。
父さんとミリーと僕は案内された部屋で騎士のような人に囲まれて床に跪き顔を伏せていた。
顔を上げたら殺されるかもしれないと父さんに脅されていたからだ。
なにしろその部屋に入る前にも二人の騎士がドアの前で守っていたし、緊張して胃が痛くなるほどだった。
「この者たちがウォルナッツ村の農夫ダランとその双子の子供でございます」
領主様がぼくたちのことを子爵様に紹介していた。
「顔を上げて立つが良い」
正面に腰かけていた男性は鷹のようなきつい目をしたブーン子爵その人だった。
「愚息の死体を見て貴族だと言い当てたそうだな。農夫の子にしては聡明である。お陰で犯人を捕らえて処罰することもできた。礼を言う」
「「はい」」
こういうときなんて言えば良いのかさっぱりわからず。二人とも声に出した言葉はそれだけだった。
「してこの度の手柄に褒美を遣わしたいが何か希望はあるか?」
僕はこのときとばかりに希望を言うことにした。
貴族としては息子を殺されてそれどころではない筈だが、それでも何もいらないと言うと貴族の面目を潰すことになるからだ。
「あのう、妹のミリーは剣術が得意で騎士にになりたいって言ってるんですが、駄目でしょうか?」
それを聞いてミリーは驚いて口をパクパク開けたり閉じたりしてるが声が出て来ない。
「ふむう、才能があるのならその機会を与えることはできる。で、お前は何を希望する?」
「いえ、僕は特に……良いです。妹にチャンスをくれればそれで嬉しいです」
「ふむう……それじゃあ、こうしようか? 実は盗まれた物は売り払われた所を回って殆ど男爵殿の配下の者が回収したのだが、愚息が持ち出した物でまだ回収されないものもある。お前たちがそれを取り戻すことができたなら、金貨100枚を渡そうぞ。見つけられない場合でも金貨10枚を渡すことにしよう。どうだ、やってみるか?」
金貨100枚というと裕福な家庭が一年間暮らせる額だ。
金貨10枚でも普通の家庭がつましく過ごせば1年間はなんとか暮らせる額だ。
僕は思わず
「はい」と返事をしてしまった。
「それじゃあ、男爵殿の配下の者に吾輩の右腕の者をつける故に捜査してみよ。但し期限は明日の正午までとするが良いか?」
「はい」
男爵側から来たのは今回の捜査責任者の騎士でルーカスというがっしりした男だった。
子爵側からはすらりとした美しい女性騎士でスーザンという人だった。
その二人が僕たち三人と一緒について来てくれて、まず処刑された『黒い翼』の面々を見に行くことになった。
ルーカスさんは、僕らには期待してないようで、あまり乗り気でない調子で言った。
「こいつらの体は隅々まで調べたから見た所で何も出て来ないと思うぞ」
僕は真っ直ぐレオナルドの記憶にあった、パーティのリーダーのクロードの所に行った。
そして死体を触った。
クロードは用心深い性格だ。
レオナルドを殺した後、他のメンバーが気づかないうちに紐を引きちぎってマジックポーチを奪ってポケットに隠した。
自分だけで独り占めしようとしたのだ。
レオナルドがマジックポーチを持っていることに気づいたのは自分だが、そのことを他のメンバーには言わずにその他の装身具とか武器を奪う為に『新人狩り』を提案したのだ。
クロードは『黒い翼』が寝泊まりしているパーティハウスの壁の中にマジックポーチを隠した。それは分かりづらい場所だが分かってしまえばそんなに意外な場所でもない。
隠した後イアゴーというメンバーとすれ違う。だがその時のイアゴーの表情は微かに口角が上がっていた。
僕はイアゴーの死体を触った。
果たしてイアゴーはクロードが挙動不審なのに気づいていた。
それで彼を陰で見張っていたら、ビンゴ!彼が何かを隠すのを見たのだ。
イアゴーはそれをこっそり取り出して、ボロ布に包み娼館の馴染みの女に預けた。
今度は残りのメンバーに順番に服装などを確かめる振りをして体に障って情報を集めた。
ユーリー、モルガン、レッド、フィルの合計四人の体から情報を読み取った。
モルガンの記憶を吸収したときに例の脳内アナウンスが流れた。
『悪魔のスキル吸収L2にレベルアップしました』
だがその中身の確かめは後回しにする。
そしてモルガンが実はクロードのほかにもマジックポーチのことを気づいていた人間で、イアゴーに先を越されたので後をつけて娼館で娼婦とイアゴーの話を立ち聞きしたのだ。
モルガンは別の日にその娼婦の所に行き、隙を見て襤褸布の中のマジックポーチを偽物の布袋と取り換えた。
そして自分の妹の家に遊びに行ったついでに床下にそれを隠したのだ。
恐らく今でもモルガンの妹の家にあるに違いない。
そこで僕は捜査担当のルーカスさんに尋ねた。
「この人の名前は何て言うのですか?」
「こいつはモルガンだ」
「この人に身内はいますか?」
「妹がいる。結婚して旦那がいる。もちろん調べたが、何も知らなかった」
僕は目を閉じてどういうこじつけをしてモルガンの妹の家を捜索させたら良いのか考えた。
そして……
リーダーのクロードの場所に戻ると、僕は言った。
「この人がきっとボスだと思う。服装とか体格とかでそんな感じがした」
「その通りだ。こいつが黒い翼のパーティリーダーのクロードだ」
「よくわかったわね」
「でもこの人の身辺を調べても何も出て来なかったのでしょう?」
「そうだ。パーティハウスの中は全部調べた。もちろんクロードの使っている部屋もすっかり調べたが何も出て来なかった。処刑する前だったら無理やりでも聞き出せたんだが、処刑後にそういう未回収の物があると子爵様から聞いて慌てたんだがな」
そう言うとルーカスは苦い顔をした。
そこで僕は途中を飛ばして一気にモルガンの妹の方に話を持って行った。
「この人は身なりを見ても斥候タイプですよね。そしてこの街に身内がいるのもこの人だけだ」
「そうだ。こいつはモルガンと言って、パーティでの役割は盗賊だ。さっきも言ったが妹がこの街に住んでいる」
「ボスのクロードが例の品物を売りに出さなかったのは、その品を自分の物にしたかったんだと思う。でもそうすれば他のメンバーに分け前が当たらないから、こっそり隠したんじゃないかな」
「なんだ。それじゃあさっきも言ったけれどぱーていハウスは隅々まで捜したけど何も出て来なかったぞ」
「ボスの行動をこっそり見張ったり,探し物が得意そうなのはモルガンって人だよね。だからクロードの周りを捜しても何もなかったのは、隠した場所からモルガンが持ち出したのじゃないかって思ったんだ」
「それも同じパーティハウスの中を捜しても何も出なかったから結局同じことだ」
「だからモルガンが隠すとしたらパーティハウスなら危険だよ。ボスに見つかれば殺される」
「だからさっきの話でモルガンの妹の家だって言うのか? 生憎だが妹は何も知らなかったが一応家探しはしたぞ。何も出て来なかった」
「うん、でも考えると一番そこが怪しいからそこに連れて行ってくれませんか?」
「何も出ないと思うが、一応連れて行くことにするぜ。子爵様から頼まれてるからな」
「君はなかなか推理が面白いね」
女性騎士はきらきらした目で僕を見た。
ミリーと父さんは僕らから少し離れた場所で聞き耳を立てていた。
モルガンの妹はネリーという30才くらいの女性だった。
「モルガンさんはここに来た時どこにいたんですか?」
「兄貴はいつもこのテラスに腰かけるよ。あの日も来たときに金を無心してね。仕方がないから奥に取りに行って渡したら、珍しく大人しく帰ったんだよ」
ネリーは思い出しながらそう語った。
僕はその話を聞いて考えながら喋る振りをした。
「ここに座って妹さんがお金を取りに行ってる間だけで家の中に隠せるとは思えない。第一家の中に隠しても家に住んでいる妹さんに見つかる恐れがある。だとしたらこの場所からすぐ隠せる場所で、次に来た時にすぐ回収できる場所といえば……」
僕はモルガンが腰かけていたテラスから降りてその床下に潜った。
そして紐の着れたマジックポーチを手にして二人の騎士に見せた。
「こういう物がありました。もしかしてこれじゃないですか?」
二人の騎士はもちろんのこと、ミリーも父さんもネリーさんも口と目を全開にして驚いていた。
まず結論ありきでそこに持って行くこじつけを推理に見せかけている主人公の苦労話です。???面白かった、次を呼んでみたいと思った方はどうかブックマークを宜しくお願い致します。ブクマに飢えています。ブクマに励まされる体質ですので、宜しくお願いいたします。
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