まるでかみのおつげ
収穫祭5日目————
今夜はパトリア島近くの海から魔法の花火が打ち上がる予定だ。
それに向けて俺は今、見たこともない花火のために昼間からカフェの外でテラス席の準備をしている……行列の視線に晒されながら。
「天使様がテーブルを運んでる……!」
「お美しい横顔……!」
「見て! 翼が動いたわ!」
「あの~、やりづらいからあんまり見ないで……?」
「きゃぁっ! 天使様が喋ったわ……!」
「最高級のおもてなしだ!」
ダメだこりゃ……さっさと済ませて店の中に入ろう。
それからしばらく心を無にしてテラス席をずらりと並べ、店の前を花やランプで軽く飾り付けた俺は、足早に店の中へと入り店主のフォルティアに報告を行う。
「外の準備終わった」
「ありがとうございます、クロン様。あとはいつも通りテーブルの片付けをお願いできますか?」
「りょうかい」
すると、客のオーダーを受けてカウンターに向かったペトラという女がフォルティアに耳打ちをする。
「フォルさん——————」
「あ~、そうね! そうしましょ、クロン様!」
「ん……?」
日没後————
「テラス席~、テラス席~、テラス席があるよ~……おいしいコーヒーを飲みながら花火が見られるよ~……」
俺は店内の明かりが漏れるカフェの前で宣伝用の看板を掲げ、呼び込みをさせられていた。
ペトラめ……奴がフォルティアに変な提案さえしなければ、花火の影響で今夜は休みが貰えたかもしれないというのに。
「テラス席~、テラス席~、テラス席を早く埋めろ~……! そして俺に休みをよこせ~……!! 天使にも休息が必要だ~!!」
「一体何をしているんですか……?」
カフェに向かって看板を高く掲げ大声をあげる俺に、あの女天使がため息交じりに声をかけてくる。
「げっ、メイリー……」
「ちゃんと働いてくださいよ? クロンさんのせいでここのカフェの評判が悪くなったら私にまで責任が降りかかってくるんですから」
「甘く見るなよー? ここのセッティングしたの俺なんだからなー?」
俺は掲げていた看板を肩に担ぎ、テラス席を指差しながらメイリーにしかめっ面をしてみせた。
「へー、ここをクロンさんが……とってもオシャレで良いですね」
「お、おぉ……そーだろ?」
まさかメイリーが素直に褒めてくるとは……。
「ちょっとその看板貸してくれますか?」
「ん? あーこれか、はい」
担いでいた看板をメイリーに渡すと、それを受け取った彼女はキラキラとした笑顔で呼び込みを始めた。
「みなさ~ん! 今夜の花火はここ『テベリス』のテラス席でいかがですか~?」
テベリス……? あ~、このカフェの名前か。
メイリーに渡した看板に書いてあった。
そういえばこのカフェ、大きい割に看板がないような…………。
しかし店の正面をよくよく探してみると、出入り口の傍に置いてある植木鉢の陰にこっそりと小さな看板が掛けられていた。
「もっとなかったのか……?」
手が空いていた俺は、その場に屈んでほんの僅かに植木鉢を端に寄せてみる。
「ん~……こうか?」
まだ枝に半分くらい隠れている。
「これでギリギリ見えるか……?」
少しでも看板が見えるようにと植木鉢の角度を微調整していると、メイリーの呼び込みによっていつの間にか店の前に客が集まってきていた。
「おぉ……さすがメイリー」
するとその客たちに気付いたフォルティアが苦笑いをしながら店の外にトボトボと出てくる。
「いや~……ちょっと集まり過ぎちゃいましたね……毎年テラス席はガラガラなものですから、まさかこんなに……さすが天使様です」
「席足りなくない? どうすんのこれ」
「これ以上増やせないので抽選しかないですね……外れたお客には一杯サービスしておきます」
そして客に囲まれたメイリーに手招きしてこっちに呼んだフォルティアは、店の上の方を指差しながら俺とメイリーに言う。
「あとは私がやりますので、天使様は上で花火が上がるのを待ちながらコーヒーでもいかがですか? 良い眺めですよ~」
その後ペトラから淹れたてのコーヒーを渡された俺とメイリーはカフェの二階————ではなく更に上の屋根へと登り、二人並んで腰かけた。
「……ずっと日の光が射している天界の景色もいいですけど、こういう地上世界の夜景もいいですよね」
遠目でも分かるほどの賑わいを見せる港町の夜景に見入っているメイリー。
「そう?」
「クロンさんは天界の方が好きですか?」
「俺は見た目より快適さ重視かなー」
「そういう話ではなくてですね……」
メイリーはそう言って呆れた様子でフォルティアのオリジナルコーヒーカップに口をつける。
砂漠スライム味の天界サイダーを平気で飲んでいた彼女だが、意外にもフォルティアのコーヒーをかなり気に入ったらしい。
このコーヒー、もう体に染みついてるとかそういうレベルじゃないくらいに店の中で匂いを浴びてるせいであまり飲む気にならなかった……そして案の定、風味が上品すぎて俺の口には合わなかった。
俺はやっぱりがぶがぶ飲めるニセポの方がいい。
まぁでも、天界なら人気アイテムと肩を並べられるだろう。
そんなことを考えていると、ついに暗い南の海から魔法の花火の一発目が打ち上がった。
「あ、上がりましたよ!」
「お……」
期待に胸を膨らませる小さな声が下のテラス席からも聞こえる。
一瞬の沈黙のあと、星空のキャンバスに咲いた光の花は俺たちの居るパトリア島を柔らかく照らし、人々の心臓に届くほどの大きな音を響かせた。
「お~……!」
「感動ですね、クロンさん……!」
「………………だね」
神に創造されて200年——この地上世界の美味しいものや人間のイベントに触れる機会なんて無かった。
いや、天界での生活に満足していたから触れようとしなかった。
まさか天界を超えるものがこんな小さな島に何個もあるなんて……。
飴やニセポは天界に持って帰れるけど……さすがにこの景色を持って帰る方法はないよなー……。
「たまに思うんです……毎日に『変化』が起きるこの素敵な地上世界に、私も住めたらいいのになって……天界ではそういうものがあまり感じられませんから……」
花火を見上げていたメイリーがこちらに顔を向け微笑んでみせた瞬間、俺はビビッときた。
「————それだ!!」
今の大声は連発する花火の音にも負けていなかった。
「きゅ、急にどうしたんですかクロンさん……」
「そうだ……今の俺が求めるものは全部こっちの世界にある……」
だったらわざわざ神のために働いてポイントなんて稼ぐ必要はどこにもない……!
「クロンさん……?」
ダメだ、メイリーにこの考えを話せば確実に邪魔される。
まずはここから————逃げる!!
「ほぉ!」
「クロンさん!? どこに行くんですか!? 花火は!?」
きっとこの世界は天界では味わえないもので溢れ返ってる。
もう天界とはおさらばだ——俺はこれから、地上世界で暮らす!
「花火なんて、いつでも見れるんだー!!」
……そう大見得を切ってメイリーの元から逃げ出した俺が彼女に捕らえられるのは、翌朝のことである。
次回 『さいしょのかべ』