せけんしらず
収穫祭3日目————
今日は終日港で海パン魔法使いたちのショーが行われると同時に、アーマーフィッシュが出品される収穫祭の競売の中でも定期的なものとは一線を画す大規模な競売が行われる日のため、手伝い先のカフェの客足がそれほど多くなく俺は店主のフォルティアから想定外の休みを貰った。
これで俺は、テーブルの片付けに追われることなく目下の課題に専念できる……。
その課題とは——どうにかしてあの超絶美味い飴を手に入れること!
このままでは収穫祭が終わるよりも先に、飴がぎっしり詰まっていた客室の瓶を空っぽにしてしまい、更には天界に帰ったあとでどこか物足りなく感じそうな天界ドロップスを渋々口の中で転がすことになる。
「人間のお金を用意しようにも天界にそんなもの売ってないしなー……物々交換で飴と何かを交換……でもその何かって何だ……?」
島の東にある人気のない海沿いの一本道を腕組みしながら散歩をしていると、思考を巡らせていた俺にある考えが浮かぶ。
「あ……俺も海パン魔法使いみたいにアーマーフィッシュを獲って誰かに売れば、お金が手に入るのでは?」
「————アーマーフィッシュは島の許可を得た狩人しか獲ってはダメ」
「……ん?」
海の方向から微かに聞こえた知らない女の声に思わず足を止める。
腰の高さほどの堤防から下の岩場を覗くと、そこにはずぶ濡れのおっとりとした少女が水の滴る麻袋を抱えて屈んでいた。
「……………………獲っちゃダメ? 一匹も?」
「ダメ」
「そっか」
「待って——」
その場を去ろうとした俺を少女は少しだけ慌てて引き留める。
「んー?」
「大事なティアラが海に流されたの……もしどこかで見つけたら教えて。そこがわたしの家」
少女は道を挟んだすぐそこにある古い木造の家を指差しながら言った。
「見つけたらねー。ちなみに服は大丈夫なの? その恰好、明らかに波に持って行かれてるけど」
「こういう服」
少女は軽く下を向き再び顔を上げると静かな表情でそう言った。
肌の露出具合が海パン魔法使いと大差ない気がするけど……まぁいいか。
それにしても海パン魔法使いを始め、天使にエプロンといいこの少女といい、この島のファッションセンスがよく分からない。
「んじゃ、俺はこれで」
露出女と別れた後トボトボと港まで戻ると、そこは海パン魔法使いのショーの盛り上がりとは何か違う騒々しい雰囲気に包まれていた。
「早くこの子を!!」
泣き声をあげる小さな男の子を、海に浮かぶ狩人が海面から両手で目いっぱい高く差し上げる。
「任せろ!」
大型船から他の狩人にロープで吊るされた男が子供を受け取りがっしりと抱きかかえる。
「よし——上げてくれ!!」
次の瞬間、大型船の真下に不気味な影が浮かび上がり海に浮かんでいた狩人が水中に引きずり込まれる。
「うがっ——!?」
「マルク!!」
ロープで引き上げられながら子供を抱えていた男が狩人の名を叫ぶ。
港が一層騒然とする中で甲板へと上がった彼は子供を下ろしながら、船の下を覗く狩人たちに慌てて声をかける。
「マルクがドラゴンに引きずり込まれた! 早く助けないと!」
「船の真下だぞ! 助けに行きたいのは山々だが海に入れば俺たちも——」
「あいつを見捨てる気か!?」
狩人たちが船の上で言い争っていたその時、波止場の人混みの中から一人の女天使が跳び出し、空中で剣を抜きながら海の中へと飛び込んだ。
船の傍で激しい水しぶきが上がったその瞬間、慌ただしかった港は一気に静まり返った。
その僅か数秒後、水中へと引きずり込まれてしまったマルクがメイリーに抱えられ海面に勢いよく顔を出す。
「ぶはっ——! ゲホゲホッ……! ゲホッ……!」
「大丈夫!?」
「カハッ……! はい……助かりました、天使様……ありがとうござ——ぐっ……!」
生きていたマルクの姿を目にした人々によって港が歓声に包まれる。
しかし救出されたマルクはドラゴンによって右足を食いちぎられていた。
歓声が響き渡る中メイリーは浮遊魔法で海から上がり抱えていたマルクをそっと地面に降ろすと、彼が失った右足を魔法で少しずつ再生させていく。
「もう少し我慢してください……必ず治しますから」
「天使様、お名前は……?」
「メイリーといいます。駆けつけるのが遅くなって本当にごめんなさい」
「いえ……! 決してそのようなことは——うぐっ……!」
「急に動かないください! この治療も、私のような力の無い天使でなければあっという間に終わるのですが……」
「————ごめん通してー、メイリーどういう状況これ」
「クロンさん!?」
人だかりを搔き分けてメイリーの元に駆けつけると、彼女は目を丸くして俺を出迎えた。
「こんな時に一体どこで何をしていたんですか……! カフェに居ませんでしたよね……!?」
「え? 散歩」
「さん……!? はぁ……もういいです……すみませんが、あのドラゴンに刺さっている私の剣を回収してきてくれませんか? 私はこの方の治療にもう少し時間が掛かりそうなので」
メイリーが指差した方向を目で追うと、そこには大型船の傍で血に染まった海水に浮かぶドラゴンの死骸があった。
「りょうかい」
……そんな怒らなくてもよくない?
言われるがまま剣の回収を引き受けた俺は、誰の物かも分からない小さな古いボートを借り、ドラゴンの死骸の傍まで移動した。
多分アーマーフィッシュを狙ってこの島にやってきたドラゴンだな。
大きな翼に細長い体、そして剣のように鋭い尾びれ……体長は20メートル弱はありそうだ。
「この剣か」
ドラゴンの胸を貫いていた剣にボートから手を伸ばし、ゆっくりと引き抜いていく。
「よっ——と……」
引き抜いた剣に目をやると、その刃は目の前のドラゴンに突き刺さっていたのが嘘のように、血や海水がまるで一滴も付いておらずただただ太陽に照らされ光り輝いていた。
「ほぇ~……すご」
メイリーの剣に感心していると、俺はその剣とは別に視界の端で何かがキラキラと光を反射していることに気付く。
「ん? なんだあれ」
ドラゴンの翼に冠のようなものが引っかかっている。
「天使様、ここに居ては他のドラゴンの危険がないとも限りません。失礼ですが、お早く陸に上がった方がよろしいかと」
「あーちょっと待って、これ取ったら上がるから」
冠のようなものを手早く回収したあと、陸に上がった俺は男の治療を終えたばかりのメイリーに回収した剣を渡す。
「ほいこれ」
「ありがとうございます。えっと、それは……?」
「ドラゴンの翼に引っ掛かってた。さっきティアラを探してる変な女見かけたからそいつのかも」
すると、俺たちの会話を傍で聞いていたマルクという男が汗を拭いながら会話に入る。
「多分、預言者のパルテ様ですね。ちょっと変わった格好をされてますよね……」
「預言者……?」
あの露出女が?
どうしよう、見た目以上の変人過ぎてこのティアラを渡しに行きたくない。
次回 『かわりものとなまけもの』