なさけないとはいわせない
神の罠なのか、はたまた俺の無知のせいなのか。
パトリア島に10日間の泊まり掛けで知らない店の手伝いをすることとなった俺は、島に到着してすぐにその場から逃げ————だせるわけもなく、しぶしぶ港近くで行列ができているカフェを手伝うことにした。
フォルティアというエルフの美人店主に手伝いを申し出ると、彼女は床に額を擦り付けながら快諾してくれた。
それも泣きながら…………よほど人手が足りなかったらしい。
そして俺は今、新人マークのついたエプロンを身につけテーブルの片付けに追われている。
「クロン様10番テーブルの片付けは……!?」
「あ……ここ終わったら行く」
捌き切れない。
一つ終わったら二つ仕事が追加され、その二つを終える頃には更に三つ仕事が追加される。
この店、収穫祭の客足を想定してなのか小さな島のカフェにしてはやけに店の規模が大きい。
ざっと30席はあるこの店を店主のフォルティアと若い女の二人体制で回していたことに俺は驚いている。
もしかしたら天使よりも優秀なのではないかと……。
「あざした~……」
「ありがとうございました~!」
そしてあのスマイル。
俺の光輪よりも輝いているかもしれない。
「ん~……」
カフェの行列とは別に、先程から若者数人が窓越しにこちらを凝視している。
特に害はないので放っておいたものの……そろそろお客も気になって仕方なさそうだな。
俺は溜め息をつきながら彼らの元に向かい、そっと窓を開ける。
「や、やっぱり本物の天使様だ……!」
「とても綺麗なお姿だわ……!」
「はいはい、俺の姿を拝みたかったらちゃんと列に並んでからよろしく」
そんな珍しいものでもなかろうに。
珍しい、ものでも……?
大量の視線を感じ行列の方に目をやると、その列は俺が最初に見た時の倍の長さになっていた。
「はぁ……?」
これまさか俺のせいじゃ————いや、考えないでおこう。
そして、ひたすらにテーブルの片付けをすること半日————
ようやく店主のフォルティアから終業を告げられる。
「ふぅ~……最後のお客さんも帰ったことだし、今日はもうおしまいね」
「だぁ~…………」
これまで感じたことのない精神的な疲労感に俺はすぐ傍にあった椅子に崩れるように座る。
「クロン様、今日は本当に助かりました……! クロン様のご助力がなければ閉店に間に合わなかったと思います」
「気にしないでー……任務だから……」
とりあえずメイリーと合流して宿を探してもらおう、野宿は御免だ。
「んじゃ、また明日来るねー……」
「明日もっ!?」
「んぁ……俺いらない?」
「ち、違いますっ! 明日も来ていただけるのですか!?」
「あーうん、収穫祭の間は天界に帰れないし」
「あぁぁありがとうございますぅぅぅぅぅぅ!!」
またフォルティアが昼間のように床に額を擦り付けて涙を流し始めた。
「はいはい……また明日ね。宿探さないといけないから俺はこれで」
「お待ちくださいクロン様!」
「んー? まだ何かあるの?」
「ペトラ、閉店作業お願い」
「分かりました」
フォルティアに案内されるまま店の二階へと上がると、そこは下のオシャレなカフェとは打って変わって生活感の溢れる空間が広がっていた。
「ここは店舗兼私の家なんです。さっきのペトラは私の友人の子で、住み込みで働いてもらってます。そこが彼女の部屋で、隣が客室です」
フォルティアはそう言って客室の扉を開け、俺に部屋の中を見せた。
「よろしければ、収穫祭のあいだこの部屋を自由にお使いください」
「いいの?」
「はい、もちろんです」
「じゃぁ借りようかな」
ありがたい、宿を探してもらう手間が省けた。
「では、私は閉店作業と仕込みをしてきます。クロン様、お疲れ様でした」
「おつかれ~……」
フォルティアが部屋の扉を閉めると、一気に周囲が静かになった。
「………………いいな、ここ」
気密性の欠片もないガヤガヤした天界の巨塔とは違って、ここは完全に個人の空間。
任務カードがこめかみに飛んでくることもない。
部屋を見回していると、ローテーブルの上に置かれた瓶が目に留まった。
「飴だ」
天界のものに比べて見た目の美しさに欠けるけど、今はそんな贅沢を言える時でもないか。
「いただきまーす」
——————!?
小さな赤い実のようなその飴を口に入れた瞬間、俺は目玉が飛び出そうになった。
「んまぁぁああ!?」
あまりの衝撃に声が裏返る。
ほんのり甘く爽やかな、質の良い果実をそのまま飴に凝縮したような美味しさ……!
天界ドロップスより……おいしい……!!
あまりの興奮と感動に身震いしていた俺は、部屋の扉がノックされる音で少しだけ冷静さを取り戻す。
「フォルティア、これどこに売って——」
テーブルに置かれていた瓶を片手に持ち急いで扉を開けると、そこに立っていたのはメイリーだった。
「……はぁ……」
「何ですかその反応は」
「べつに……」
「露骨ですよ?」
「はいはい。で、何の用?」
「クロンさんの様子を見に来ただけです。店主さんの言葉を疑っていたわけではないですが、その恰好を見るに少しは真面目にお手伝いしてたみたいですね」
あ——エプロン姿見られた。
「任務で手を抜いたことなんてないからなー?」
俺はそう言ってメイリーを指差したあと、脱ぎ忘れていたエプロンを強引に脱いでソファーにかけた。
「余計な心配でしたね、すみません。私はこのカフェの通りを少し登ったところにある『ヒナドリ』というの宿でお手伝いしてますので、何かあればそこに来てください」
「はいはーい」
「それではまた」
メイリーが帰った直後、俺は部屋の奥に置かれた大きなベッドにダイブした。
「はぁ~……幸せ……」
肉体を持たず人間のような睡眠を必要としない天使にも、やはりこういったふかふかな物はあって損はない。
でも……寝心地は微妙だな。
お気に入りのクッションが少しだけ恋しいけど、まぁ許容範囲だ。
ふと首を横に向けると、枕元の横に古めの小冊子が転がっていた。
「収穫祭のパンフレットか」
すると、パンフレット拾い上げ適当にページを開いた俺の目にとんでもないものが飛び込んでくる。
「はっ、この飴!」
反射的にベッドから起き上がり、テーブルの上に置かれた瓶の飴とパンフレットに描かれた物を照らし合わせる。
「————同じだ!!」
俺はすぐに部屋を飛び出し、パンフレットに書かれていた屋台の場所へと全速力で向かった。
夜にも関わらず町を行き交う観光客の間を駆け抜け、あの飴を売っている屋台に辿り着いた俺は、急いで懐からポイントカードを取り出しオッサン店主に見せつける。
「その飴、全部買う!!!」
「て、天使様……!?」
「その超美味い飴、全部!!!」
「こちら……人気商品でして、お一人様二つまでとなっております……!」
「じゃぁ二つでもいい!!」
「それと、天使様の世界での通貨は……ご利用いただけません……」
「————へっ?」
買えない、だと……!?
次回 『せけんしらず』