いっしょくそくはつ
薄暗い窓際————ふかふかのベッドに転がり心を静める。
「…………」
ガリガリ——
「…………」
ガリガリ——
「……噛むな」
ガリガリ——
「噛ぁむぅなっ……」
ケダマのやつ、ついさっきまで隣でぐっすり寝てたのに……急に俺の光輪を噛み始めた。
「大人しく寝ててくれ~……俺はもうちょっと休みたいんだから……」
「グルルルル……」
「おーい引っ張るな……!」
誰かこいつのしつけ方を教えてくれ。
「——あ。そういえば、任務中によくペットを連れた人間がのんびり散歩に出てるのを見かけたな」
でも、ペットとはいえ精霊に散歩は必要なのか……?
まぁ本人に聞けばいいか。
「ケダマ、散歩行くか?」
「キャン」
——行きたいらしい。
外出は面倒だけど、散歩に出かけたついでにエトラの居る浮島に寄ってティータイムでもしよう。
「はいはい……ほら行くぞー」
仕方なくベッドから這い出た俺は、頭の上に乗ったケダマに光輪を噛まないよう言って聞かせながら家を出た————
「んー……このまま正面の花畑を突っ切って浮島まで行くのが一番早いけど、この際遠回りでもいいから楽園を探索してみるか。ケダマ、右と左どっちがいい?」
しばらく頭の上でキョロキョロとしていたケダマは、最終的に左の方を向いて止まり、光輪に前足をついて尻尾を振り始めた。
「よし、じゃぁ左で決まり~」
ツリーハウスのある森と花畑の境界線に沿って適当に進んだあと道を外れて森を抜けると、そこにはぼんやりと青や緑の光を放つ砂浜とまるで星空を映し出したようなキラキラと輝く海が広がっていた。
「わぁお……」
目の前の景色に興奮したケダマが頭の上から飛び降り、小刻みに転移しながら砂浜を駆ける。
花畑とは違ってここの空に小さな太陽や星は無く、一部が朝焼けのように黄色く染まっている。
さすがは秘密の楽園——景色のバリエーションが豊富だ。
まずは海に向かって砂浜を一直線に走り、波打ち際から大ジャンプする。
「ひゃっほー!」
周りの景色も相まって爽快感は抜群、このまま光る海にダイブ————
「自由だ~っ!! ——あだっ!!?」
カッチカチの海面に尻餅をつき、勢い余って氷の上を滑るようにのたうち回る。
「あっ……痛い……なんで……? 凍ってる……?」
いや、潮の流れはある——海面に結界みたいなものでも張られてるのか?
今になってパトリア島で起きたデカブツとの戦いのトラウマが蘇る。
「こんなとこ……スルーしとけば良かった……!」
砂浜を満喫中のケダマは俺のことなんて忘れて色鮮やかに光る小石を嗅いで回っている。
「楽しそうだなおい……」
「あらあら~?」
カッチカチの海の中から怪しげな声がし、目の前の海面が膨らみ始める。
「一体どんなおバカさんがあたしの海に迷い込んだのかと思ったら——あんた、天使よね~?」
泡のように膨れ上がった海水が人の形となり、銛を構えてニヤニヤと俺を見下ろす。
「あっ——串刺しは勘弁! すぐ出て行くから!」
「待って待って~?」
怪しい精霊はそう言って俺の足を掴み腰から下を海に引きずり込む。
「ひぃ!?」
「——ギャン!!」
大きな鳴き声を上げたケダマが目の前に現れ、手を伸ばした俺の指にすかさず噛みついて海から引きずり出そうとする。
「ケダマ! 助けてケダマ!! 早くぅ!!!」
遠回りなんてせずに真っ直ぐエトラのとこに行けば良かった……!
「だめだめ~」
海中から怪しげな声が響くと同時にケダマが泡の中に閉じ込められ、奴の上半身が海から飛び出す。
「ケダマ! おいお前、やりすぎだぞ!」
「勝手にあたしの海に侵入したあんたたちが悪いのよ、いいからあたしの質問に答えて」
「答えたら解放してくれるよね?」
「正直に答えたら、ね」
精霊はケダマを閉じ込めた泡を拾い上げ、それを舐め回すように見ながら言う。
「分かった……分かったからケダマを返せ」
すると奴はケダマの入った泡を軽く投げるようにしてあっさりと俺に返した。
「っと……大丈夫かケダマ!」
泡の中で鳴き声をあげているようだが全く聞こえてこない。
「どうやってこの世界に入ってきたの?」
さっそく精霊からの質問か。
「知らない。俺はただ干し草にダイブしてこの世界に迷い込んだだけだ」
「ふ~ん。仲間の天使はいるの?」
「二人いる。でもこっちには来てないと思う」
「じゃぁこっちに来てからその小さい精霊以外に誰かと会った?」
「————会ってない。お前を除いたらケダマだけだ」
「本当?」
「ほんとだって。こんな状況で嘘なんてつけるか」
「ふ~ん…………」
奴が俺の目をじーっと見つめてくる。
咄嗟にエトラのことを隠してしまったけど、大丈夫かこれ……!?
「————そ。じゃぁあと何個か答えてもら————」
「ほっ!!」
俺は精霊が空を見上げた隙を狙い、はまっていた海から飛び出した。
「っ——こいつ! まだ質問は終わってないわよ!?」
「これ以上付き合ってられるかぁ!!」
ケダマが閉じ込められた泡を握りしめ海面を全力疾走する。
「逃がさないわよ!!」
「ひぃぃぃ!!」
俺を海に拘束したがる辺り、あの液体女は海から上がれないんだろう。
砂浜の方に逃げたいけど、この海面で急な方向転換をするのは滑りそうで怖い。
じわじわ寄るしかないか……!
するとその直後、海中から先回りしていた精霊が進路上に飛び出した。
「ぎぃやぁぁぁああああ!!」
慌てて身を翻そうとしたが、案の定足を滑らせてしまい俺は銛を構えた精霊の元へ一直線に転がっていく。
「うぅぅ——お前だけでも逃げろ!」
そう言ってケダマの入った泡を投げようとした時だった————
中に居たケダマが泡を破って飛び出したかと思うと一瞬のうちに巨大化し、俺の首根っこを咥えて精霊の頭上を軽々と跳び越えた。
「うぅぉぉおおおおお!?」
「なっ!? そんなのアリ~!?」
砂浜を颯爽と駆け抜けるケダマの背中によじ登り、予想通り砂浜に上がれず波打ち際で悔しがる精霊に勝ち誇った顔を見せつける。
「へっ」
「きぃ~!! 覚えてなさいよ~!!」
さて、真っ直ぐエトラのところに行こっと……。
「ねぇケダマ、これ元のサイズに戻れるの?」
「ワンッ!」
「うぉっ……声太っと……」
次回 『おせっきょうのじかん』




