けだまのしつけかた
牧場での任務中、俺は秘密の楽園らしき場所に迷い込んだ。
そしてそこで出会った精霊のエトラからティータイムに誘われ、超絶美味いニセポに出会うところまでは良かった。
しかしどこからともなく現れ突進攻撃を食らわせてきた毛玉みたいな精霊に至福の時間を邪魔されてしまい————
「………………お手」
「スンスン……」
「嗅ぐな」
そのままティータイムは中止、エトラから自宅へ招かれた俺は絶賛”毛玉”のしつけ中だ。
本当ならこんな面倒なことをしたくはないが、相手は精霊——どれだけ逃げても数秒後には特有の転移能力で頭の上に乗っている……。
エトラいわく、こういう動物系の精霊に懐かれてしまったら基本的に潔く諦めて飼い馴らすしか道はないらしい。
そもそも懐かれること自体ごく稀らしいけど……。
「ほら、お手」
「どう、順調?」
自宅であるこのツリーハウスの手入れをしていたエトラが俺たちの様子を見にやってきた。
「ぜんぜん……」
「名前は何にしたの?」
「ケダマ」
「…………なんて?」
「だから、ケダマ」
「もっとちゃんとした名前無かったの?」
「あったよ? 色々考えてあげたよ? でも本人が気に入らないみたいで、候補出すたびに光輪噛んでくるから……」
「そのケダマって名前は大丈夫なの?」
「うん、気に入ったらしい。ね~ケダマ」
名前を呼ばれフワフワと尻尾を振るケダマを見たエトラは心底納得できていない様子だった。
「そういえばエトラ」
「なに?」
「ここってどこなの?」
「ん? 私の家だけど」
「違う違う、この秘密の楽園のこと。ほら、ここって地上世界と違ってなんか……現実離れしてるっていうか。夜なのに月が無くてちっさい太陽が出てるし、見たことない植物ばっかりだし、それにニセポ飲み放題だし……この楽園のこと何か知ってるなら教えてほしいなーって」
「知っても意味ないと思うよ?」
「これからずっとお世話になるかもしれない楽園について知っておいて損はない! 多分!」
「……ずっと……か……」
「ん、なんか言った?」
「ううん、何でもない。なら簡単に教えてあげるね」
よしよし、秘密の楽園の情報が手に入るぞ……!
「ここは”世界を渡り彷徨う”世界。かつて『ブロンガガク』という神が滅亡寸前の地上世界『ハウラ』を創り変えたことで生まれた異質な世界よ」
どうしよう、スケールが大きすぎて既に話が入って来ない。
「生まれ変わったこの世界は、神にすら捉えられることなく無数に存在する地上世界の”陰”に隠れながら、私たち精霊と共に旅をしているの。だからクロンがここに迷い込んだのも、クロンの居た地上世界の陰にこの世界が隠れて二つが重なったことが原因だと思う」
「へ、へぇ~…………やっぱりこの話やめない?」
「いいけど。難しかった?」
「うん……ごめん」
「気にしないで。私もそんなに詳しくないから」
「でもひとつ気になることがあるんだけど……俺の他に誰かこの世界に迷い込んでたりする?」
「ううん、クロンが初めてかな」
「ほほぅ」
今のところ外部からの脅威は無さそうだな、素晴らしい。
「ちなみに、ここから一番近い町はどこ? 住みやすい町も一応知りたいかな」
秘密の楽園にある町だ、きっと天界や地上とは比べ物にならないくらい快適な暮らしができるに違いない。
「町なんて無いよ?」
「へ?」
「だって、精霊たちにとっては特定の森や池、花畑とかそういう場所が寝床だったり家みたいなものでしょ。それに食事も必要ないからお店でお買い物をしたりもしない、だから精霊が集まってるような町がこの世界には存在しないの」
「そん……な……!」
「彼らの集会所みたいな場所がいくつかあったり、私みたいにこういう観賞用の家を持ってたりする精霊はいるけど……」
強制野宿か? そうなのか!?
まぁパトリア島で得た大量の金貨は全部天界に置いてきたからどのみち宿には泊まれないし何も買えない……。
けど!! そもそも店がない——ショッピングすらできない世界が存在するなんて信じられるかぁぁ!!
「クロン……? 大丈夫……?」
「大丈夫じゃない……俺はこれからどうすれば……」
床に倒れ絶望する俺の光輪をケダマが嗅ぎ始める。
「スンスン、スンスン」
「ケダマ……俺はもう終わりだ」
するとケダマが突然、姿勢を低くして俺の光輪をガリガリと噛み始めた。
「あっ——こらっ、噛むなって言っただろ——離せっ……!」
床を転がり必死に抵抗するがケダマはなかなか離してくれない。
「……だったら俺にも考えがあるぞ」
そして、あえて光輪を頭の上から離した俺はその光輪を操作して空中で振り回しケダマに対抗してみせる。
「ほ~ら、いつまで耐えられるかな~」
そこそこ乱暴に振り回しているのにケダマは光輪と共に空中を飛び回り続けている。
「早く離せ~、こっちは今日から野宿なんだ、お前の相手をしてる暇なんてないんだぞ~」
「ん? 私この家を貸すつもりでクロンをここに連れてきたんだけど」
「——え?」
その瞬間光輪を操作する手が止まり、噛みついていたケダマが輪の中をくぐり一回転する。
「貸してくれるの? この家を、俺に?」
「うん。言ってなかったっけ」
「初耳だね……」
状況を整理しながらふとケダマに目をやると、奴はまだ宙に浮いた光輪にぶら下がったままだった。
「貸してくれるのはありがたいけど、エトラはどうするの?」
「私普段は空の浮島で過ごしてるの。さっき説明した通りこの家は私にとって観賞用だから、心配しないで」
「なるほど……じゃぁお言葉に甘えて、この家で秘密の楽園ライフを満喫させてもらいます。ありがとう……!」
「どういたしまして。じゃぁ、私はちょっと浮島に戻るから、何か飲みたくなったら遠慮なく来て」
「りょうかい。またね~」
手を振る俺にエトラは穏やかな笑みを見せたあと、こちらに背中を向けて静かに転移していった。
「エトラ、良い奴だな………………それはそうとケダマ、光輪返して?」
そう言って鋭い目を向けると、ケダマは光輪に噛みついてぶら下がったまま微動だにすることなく横目で俺を見つめてきた。
「……なに? もしかしてもう一回光輪振り回せってこと?」
ケダマの鼻息が僅かに荒くなり尻尾が揺れ始める。
「変な遊びを覚えさせてしまった……」
ダメだ、しつけはまた今度にしよう…………。
次回 『いっしょくそくはつ』




