おせわになりました
パトリア島での任務をきっかけにパルテが仲間になってしばらく経った頃————
俺たち三人は新たな任務で牧場の手伝いを行っていた。
それもまた泊まり込みで……。
ここの主が急用でしばらく妻子を残して牧場を空けるらしく、俺たちはその主の代わりとして派遣されたわけだ。
パルテとメイリーは早朝からずっと牧場で仕事をしている。
搾乳や哺育、放牧に牛舎の掃除とあっちは随分忙しいようだ。
そして俺自身はというと————
「おいおい、そんなに棒切れを振り回したら危ないぞ……」
「はぁ! おりゃ!」
ガンガン——ドン、ゴンッ——
暴れん坊の子守で手を焼いている真っ最中だ。
「やめとけって……」
6歳の男の子を連れて自宅と牧場を行ったり来たり……常に何かに向かって吠えながら棒切れを振り回し、地面や木箱をこれでもかというほど叩いて回っている。
バンバン——ガンッ——
「壊すなよ~……」
あれだけ振り回したらそろそろ棒切れの方が限界を迎える頃か……?
「あー! たぁ!!」
バキッ——
まさかの自分の膝で真っ二つに折りやがった……。
「ふぁぁ! ふんっ!」
目の前の木箱を蹴り、真っ二つに折った棒切れを地面に叩きつけてどこかに走っていくのを見て、俺はもはやあの子の後を追う気にもなれなかった。
「あいつ……体の中に魔物でも飼ってたりして」
そんなことを呟いていると、男の子が家の角を曲がると同時に陰からメイリーとパルテが現れ、男の子が彼女たちにぶつかった。
「っと……大丈夫ですか?」
男の子はメイリーを見上げて静かにコクッと頷いた。
「ふたりとも休憩?」
「はい。ちょうどひと段落ついたところです」
「その子と遊んでやってくれな~い?」
「いいですけど、何かあ——」
「ひゃぁーっ!!」
突然男の子が奇声をあげたかと思うと、彼はいきなり真顔で走りだしたパルテに背を向け、楽しそうに追いかけっこを始めた。
「ほら……俺とは相性が悪いらしい」
「なるほど。じゃぁ私の休憩が終わったらクロンさんはこっちの仕事手伝ってくださいね」
「えー……」
「何もしないは無しですよー」
メイリーはそう言い残し一人で家の中に入っていった。
「はぁー………部隊組まされてから楽な任務が減った気がする……」
そろそろ地上で暮らすための新しい計画でも考えるか。
前回は行き当たりばったりで逃げ出した結果、パルテの家の地下に隠れようとしてクソッタレ魔王の邪魔が入ったからなー。
今回はしっかり計画を練ってから実行に移すとしよう。
「とりあえず、計画はまた今度考えよっと……」
今は俺も休憩したい。
「あーぁ……」
近くにある干し草の山へと寄りながら翼を伸ばす。
「だーれも知らない秘密の楽園とかないかなー……」
そう呟き体の向きをクルっと変えた俺は、両手を広げて後ろ向きに干し草の山へとダイブした————
その後、休憩を終え家から出てきたメイリーは僅かに頬を膨らませながら辺りを見回し始めた。
「クロンさ~ん、どこに隠れてるんですか~……? そろそろ牛舎に戻りますよ~」
返事がなく溜め息をついたメイリーは渋々家の周囲を探すが、クロンの姿は見当たらない。
「ひゃぁーははーっ!!」
ほとんど諦めている様子のメイリーの元に追いかけっこをしていた男の子とパルテが戻ってくる。
「パルテ、遊んでいるところごめんなさい」
「ん?」
「クロンさん見てないですか?」
「見てない」
「そうですか……」
「逃げた?」
「はい、多分また……」
「探しに行く?」
「いえ、とりあえず仕事を済ませてから考えます……今はこんな広い山を隅から隅まで探す気になれないので」
「りょうかい」
一方その頃クロンは————
「………………夜?」
薄明るい星空、小さな太陽、未知の植物、そして空に浮かぶ浮島。
「ここどこ?」
干し草にダイブしたはずがピンク色の花畑に転がってるんだけど。
とりあえず体を起こしその場に立って周囲を見渡してみる。
「……ん~……やっぱり知らない場所」
あ、もしかして————
「これが人間が寝てるときに見る夢ってやつかな?」
でも、精霊と違って天使は眠りに落ちたりしない……。
俺は自分の頭の上に浮かぶ光輪を手に取って確認してみた。
「うん、封印バッチリ。現実だ」
もし今の状況が”秘密の楽園に迷い込んだ”みたいな状況ならありがたいんだけどなー……。
本来なら舞い上がるところだけど、前回の失敗があるからそうはいかない。
「面倒だけどまずはこの辺を探索してぇぇええっ!?」
さっき周囲を見回した時には人影なんて無かったのに、後ろを向いたらローブを纏う青髪の女が立っていた。
「だれ…………?」
「……エトラ、かな。ここの精霊。あなたは?」
「えっと……クロン。見ての通り天使」
「片翼の天使なんて初めて見た。何か悪い事したの?」
「これは斬り落とされたんじゃなくて元からだ」
「そうなの?」
「そうなの」
「一緒にお茶しない?」
「なに急に……」
「イヤかな?」
「イヤというか、なんか怪しい……でもまぁ、ちょっとだけなら」
ティータイムに付き合う代わりに情報でも聞き出そう。
「ありがと、優しい天使さん」
するとエトラはどこからともなく取り出した小さな鐘を軽く鳴らし、俺に近寄ってきた。
そして身構える俺に微笑みながら手に持っていた鐘を手放した次の瞬間、足元の花のひとつが突如巨大化して俺たちを持ち上げる。
「うぉぉぉ!?」
凄まじい勢いで高度が上がる中、花びらに這いつくばっている俺とは違いエトラは平然とした顔で花畑を眺めながら立っている。
こんな奴から情報なんて聞き出せるか……?
巨大化が止まり花の中心にテーブルが出現するとエトラは席につくよう促しながら俺に尋ねる。
「もう大丈夫。何が飲みたい?」
「焦った~……って、お茶以外もあるの?」
「私が知ってる飲み物ならなんでも」
「じゃぁニセポ」
するとエトラは俺に続いて席に座りながら首を傾げてみせた。
「ニセポ? なにそれ」
「偽物のポーション。人間の美味しい飲み物、知らない?」
「ごめん、知らないかな……」
「くぅ~ここは秘密の楽園じゃないのか~……じゃぁ天界サイダーは?」
エトラは少し間を置いたあと、何かを思いついた様子で空のグラスを右手に生み出し、底から半透明の青い液体を湧かせてそのグラスを満たした。
「お~……!」
「パレットって言って、飲むたびに色と味が変わるの。私のおすすめ、これが口に合わなかったらそのサイダー出してあげる」
「飲むたびに……気になる」
「飲んでみて」
そう簡単にニセポを超えてはこないだろうけど、とりあえず毒が盛られていないことを祈ろう。
「……いただきまーす」
エトラから差し出されたパレットという名の飲み物——俺はそれを口にした瞬間すぐに分かった。
「ニセポ!! あ、でもニセポよりサラッとする感じ! 美味い!」
「よかった……味は飲む人の好みによって変化するの」
「最高! もう赤くなってるし!」
椅子から立ち上がって興奮してる間にグラスの中の色が変わっていた。
もう一口飲むと今度はニセポをベースに甘めの味へと変化していた。
「んぉお美味い! 気に入ったよこれ!」
「お菓子も色々あるから、遠慮なく食べて」
エトラが並べた皿の上にポンッと音を立てて次々と美味しそうなお菓子が飾られていく。
その中にはなんと俺の好物の飴もあった。
「あ——あああっ……飴っ!! やっぱりここは——」
大きく息を吸い、グラスを掲げて薄明るい星空を仰ぐ。
「秘密の楽園だったのかぁぁああああ————ぐはぁっ!?」
花畑にポツンとそびえる巨大な花の上——星空を仰ぎ大声をあげる俺の腹に何かが勢いよく衝突する。
衝撃のあまり二つに折りたたまれたような状態で後方に飛ばされる中、腹にぶつかった謎の物体が視界に映った。
白黒の————毛玉?
「ぶへっ……!」
「クロン!?」
厚い花びらの壁にぶつかり、うずくまる俺にエトラが駆け寄ってくる——が、それよりも先に俺の腹に埋まっていた毛玉がスイスイと肩まで這い上がり顔中を舐め回し始めた。
「あ——ばっ……んぶっ!?」
小さい獣!?
「エトるぁっ——助け、て……!」
「ふふっ……生まれたての精霊、クロンが気になってやってきたみたい」
「いいから——んぶぶぶぶ——早くぅ!」
俺の秘密の楽園生活が、こんな小さい毛玉に脅かされるとは……!
次回 『けだまのしつけかた』




