きょひけんはなし
「あれ? クロンさんは……?」
壁の向こう側からメイリーの声が聞こえてくる。
「お~い、こっちこっち~」
「クロンさん? 作業ぜんぜん進んでないじゃないですか、しっかりしてくださいよー……」
「メイリー、見て見て」
溜め息をつきながら窓の外から顔を覗けたメイリーに、俺は自分の体に群がるクリスタルを纏った小動物たちを見せる。
「……へっ!?」
「かわいくない?」
「ココニスじゃないですか……!」
「ココニス? 知ってるの? この小さいの」
「体中から超高純度のクリスタルを生成するとても珍しい小動物です。それよりこのクリスタルの量……」
「クリスタルって、これのこと?」
ソファー代わりにしていたクリスタルの山、これがなかなか良い座り心地。
すると突然、目の前に見たこともない派手な女天使が転移魔法で現れた。
「うぉぉなに——あぶっ——」
驚きのあまりクリスタルの山から滑り落ちてしまい、その拍子にココニスたちが俺の体から飛び退く。
「痛たた……誰か知らないけど、急に出てくるのやめて……?」
「クロンさん……! 失礼ですよ……!」
メイリーがそう小声で訴えてくるが、意味がよく分からない。
「あら、ごめんなさいね。パルテ~、あんたの家大変なことになってるわよ~」
知らない女天使の声に反応し、ツタを握っていたパルテがメイリーの後ろから顔を覗かせる。
「そんなの見れば分か————うわ……」
「このクリスタル、私が預かってもいいかしら?」
女天使がパルテの方を見ながら尋ねる。
「別にわたしのものじゃないからいいけど」
俺はクリスタルの山を背に、エスフェルと呼ばれた女天使に強めの口調で言う。
「おい、これはこの小さい奴らが大事に貯め込んでたものだぞ! 勝手に奪う気か!?」
「あなた、今そこにあるクリスタルが人間にとってどのくらいの価値があるのか分かるかしら?」
「……えっと、それは……飴がいっぱい買える?」
「————国が買えるわ」
エスフェルの台詞に俺はほんの一瞬思考が止まった。
「……く、国ぃぃ!?」
「あくまで例えよ。でも、今あなたの後ろにある大量のクリスタルは人間にとってそのくらいの価値があるってこと。たった一粒でさえ殺し合い奪い合いが起きるのよ? それがこんなに大量にあると知れ渡ればどうなるか、考えなくても分かるわよね?」
まぁ……価値なんて知ってたら、俺はメイリーたちがここに来る前にありったけ抱えて島から逃げてたね。
「そういうわけで、これは私が預かるわね」
エスフェルが問答無用でゲートを開き、その中にクリスタルの山をドサッと落とす。
「あぁ~……」
あっという間に閉じたゲートの目の前でうずくまっていると、俺はエスフェルに首根っこを掴まれ転移で外へと連れ出された。
「さて、これでようやく本題に入れるわ」
「クロンさん……もう諦めてください」
エスフェルにつままれた俺に、メイリーは同情の目を向けながら言う。
「うるさぁい」
「はい注目」
エスフェルがそう言って指で宙をなぞった直後、瞬く間にパルテの家を覆っていたツタが地中へと引っ込んだかと思うと、腰を下ろした彼女の真下から土をかき分けてそのツタが飛び出し、エスフェルの体を優しく支える玉座となった。
「——もうすぐ嵐が来るわ」
その台詞と同時に、俺は玉座の傍にポンっと落とされた。
「嵐が?」
メイリーは心配そうにエスフェルに尋ねているが、パルテの表情は全くと言っていいほど変化がない。
草むらの上で正座する俺の頭をエスフェルが撫で始めた。
「正確には明日の夜明け……この島の人々が経験したことのないほど強い嵐よ」
なんでそんな嵐が急に……。
「なぜそんなものが急にって、思ったかしら?」
えぇ……?
「答えは簡単——魔王フロールの仕業よ」
「はぁ!?」
思わず立ち上がろうとする俺の頭をエスフェルがすかさず抑え込む。
「落ち着いて? おそらくあなたに返り討ちにあった腹いせでしょうね、彼は結構陰湿だから」
あのクソッタレ魔王……どれだけ俺に嫌がらせをすれば気が済むんだ。
「エスフェルさん、魔王フロールについてどのくらいご存知なんですか?」
おいおい、メイリーに魔王関連の知識なんて与えたら余計なことに首を突っ込みかねないぞ……!
「彼ら堕天使は、地上世界で魔族を率いて侵略を目論んでいる魔王とは違って、魔界の果て——遥か昔に封印された『深層』の解放を目的としているの。詳しいことはあまり話せないわ——彼らに関する情報は、どれも推測の域を出ないから」
「そうですか……ありがとうございます」
ふぅ……危ないところだった……。
「とりあえず、嵐が来るのは明日の夜明け——あなたたち三人には、何としてでもこの脅威からパトリア島の人々を守ってもらうわよ」
「わたしも?」
「あんたを動かすためじゃなきゃ、わざわざ私が出向いてくるわけないでしょ?」
エスフェルはパルテの問いに淡々と答えながらツタの玉座から立ち上がる。
「たしかに」
「これもアルト様もご命令よ、三人とも頑張ってね。それじゃぁ、用は済んだから私は自分の任務に戻るわね~」
エスフェルはそう言って俺たちに背を向けると、あっという間にどこかへ転移していった。
「はい! 今日はありが——あ……行っちゃいました……」
「いつものこと」
…………パルテの家、ひとつもツタ残ってないな……。
俺、素手で頑張る意味、あったか……?
嵐……めんどくさいな~……。
次回 『あらしのまえの』




