にんむはまだおわっていない
「よいしょっ!」
あれから魔王フロールの襲撃について洗いざらいメイリーに話したあと、俺は彼女に連れられてカフェに戻った。
メイリーに後ろ頭を押さえつけられながらも勝手に逃げ出したことをフォルティアに謝ると、彼女はその謝罪をあっさりと受け入れてくれた。
「んっ!」
それどころか”天使様を独り占めはできない”とパルテの引っ越しの手伝いを勧められ、更にはカフェの二階にある客室をもうしばらく使っていいとまで言ってくれた。
「ほっ!」
そして寛大なフォルティアにペコペコしながらカフェを出た俺が、なぜこんな山奥で独りツタをむしり取っているかというと————
「だぁ!」
このツタだらけのボロ家が、パルテのもうひとつの家だからだ。
「あー……キリがない……」
軽く100年は放置していたらしく、周囲の森と同化していて角度によってはもはや建物と認識することすら出来ない。
「ツタだけ燃やせる魔法とかあればな~」
あるにはあるんだろうけど、そんな都合のいい魔法をド底辺の俺に使えるわけがない。
「せめて便利そうな道具でもあれば…………探してみるか」
茂みをかき分けてボロ家の周囲を調べていると、ほんの一瞬足元で何かが反射した。
「……ん~……?」
歩みを止め、目を凝らして足元を調べてみるとそこには豆粒のように小さな赤い結晶が落ちていた。
「ほぉ~……要らねっ」
俺は小さく溜め息を漏らしながら赤い結晶を背後に投げ捨てた。
するとその直後、小さな結晶が落ちたにしては妙に大きい草の音が聞こえ、俺は思わず後ろを振り返る。
「今、なんか居た?」
……。
気配を殺し音のした方向をじっと観察していたその時、視界の端にツタを登る小さな陰が映った。
「——っ!」
急いで視線を移したものの、そこには既に何の陰も見当たらなかった。
「どこに行った~?」
壁一面ツタだらけのボロ家に近寄り小さな陰の走った方向を目で追ってみる。
「中か?」
僅かに歪んで隙間のできている小窓がある。
音を立てないよう慎重に外壁をよじ登り、ツタを剥がして恐る恐る窓の中を覗く。
「…………なんだあれ……!?」
一方その頃、メイリーは破壊された方の家でパルテの引っ越し準備を手伝っていた。
「ごめん、手伝わせちゃって」
「気にしないでください。どのみち今日は逃げたクロンさんを探すつもりで宿のお手伝いはお休みさせてもらってますから」
「ありがとう、助かる」
瓦礫の山の中から黙々と自分の所持品を掘り出すパルテ。
メイリーは彼女が掘り出した物を手入れし、それらを丁寧に木箱へと詰めていく。
「そういえばパルテさん」
「パルテでいい」
「えっと……パルテ、そのティアラって天界産のものですよね? 蘇生の時に神気を感じたので……」
「うん。これを被ってればわざわざ天界に行って神気を補充しなくても、半年くらいは堕天せずにいられる」
「それって、半年置きに神気の補充をしに天界に帰ってるってことですよね?」
「ううん、神気はエスフェルって天使がこのティアラに補充して、わたしに届けてくれる」
「エスフェル——!? 最高位天使『クラウン』の一人じゃないですか……!」
「うん。ティアラを貰うときに、天使のフリして天界で暮らすこともできるって言われたけど、ハーフエンジェルってバレたら居心地悪くなりそうだから、地上に居ることにした」
「たしかに、たとえアルト様の認められたことだと分かっていても、不満を抱える天使は少なくないかもしれません……」
「メイリーは、わたし——ハーフエンジェルのこと、どう思う?」
「……そうですね……人間とエルフの間に生まれるハーフエルフと、人間と天使の間に生まれるハーフエンジェルでは、決定的に違う部分があると、私は思います。それは、地上世界の種族の型に当てはまる子と、そうでない子の違いです。後者は人間のマナに天使のマナが混じっています。天使のマナは創造主である神に由来するもの————つまりハーフエンジェルは、神に近づいた人間であるとも言えます……もちろん生まれた子に罪はありませんが、地上世界で神に近しい種族を生み出すような行いには、あまり好感が持てません。たとえどんなに愛し合っている者同士であっても、超えてはならない一線というものがあります。ですが————今日のパルテとの出会いは、未来の私にとってきっと大切なものになる——そう信じています」
「……ありがとう、メイリー。すごくうれしい」
「————まさか、あんたに私以外の話し相手ができる日が来るなんてね」
淡々とした口調でそう言いながら空から舞い降りたのは、純白の鎧を纏い四枚の翼と大小二つの光輪を持つ、神気に満ち溢れた女天使だった。
「あ、エスフェル」
パルテがその名を口にすると、メイリーは少しだけ戸惑いを見せながらその場から立ち上がった。
「あんたがアルト様の仰ってた新入りね? 私はアルト様に仕えるクラウンの一人、エスフェルよ」
「はじめまして、メイリーと申します」
「よろしくメイリー。それで、どこから手伝えばいい?」
エスフェルは目の前の惨状を観察しながら二人に尋ねる。
「暇つぶし?」
「違うわよ、大事な話をしようにも天使が一人山奥で草むしりしてる状況じゃぁ無理でしょ?」
パルテの問いにエスフェルは腕組をしながら淡々と言い返した。
「あ~、クロンさんのことですか……」
彼女の言った天使が誰を指すのかすぐに理解したメイリーは苦笑いをしながら再び手を動かし始めた。
「ほら、さっさと荷造りして引っ越し済ませるわよ」
エスフェルが加わったことで引っ越しの準備はあっという間に終わり、三人は10個ほどの木箱を魔法で浮かせてパルテのもうひとつの家へと向かった————
次回 『きょひけんはなし』




