25年後の奇跡
私の手をとって、またね、と言ってくれたあなた。
それは、1998年12月25日のお話。
とても寒い日だったけど、私の人生の中でいちばん暖かかったクリスマス。
もうすぐ、あれから25年後のクリスマスがやってくる。
2023年の今、私は47歳、独身。東京ではない日本に住んでいる。
好きな人はいるけど、
彼との出会いは30年前、お互いに高校生の時だった。
彼を見たとき、叶わない初恋のはかない気持ちと
生まれて初めて感じるキラキラしたときめき。
これ以上の人は今後現れない、そう感じた予感は的中。
30年間、彼ひとすじ。自分でもあきれるぐらい一途。
お互いに独身だけど、
彼はテレビの中の人。
私と同い年だけど、彼はトップアイドル、超人気アイドルグループのメンバーだった。
出会ったと言っても私の一方的な出会いだった。
彼の名前は、青井君。
私は青井君に近づくためにライブに行ったり、ファンレターを書いたり、
そんな私が一度だけ青井君に会えたのが、抽選で当たった番組観覧。
1998年のクリスマスの夜だった。
本来は番組観覧だけの予定だったが、
「今日は握手会をやります、俺からのクリスマスプレゼント。」
握手会は青井君の優しさから贈られた、クリスマスプレゼントだった。
青井君は私の手を握って、またね、と笑ってくれた。
オープニングにポエム風に書いた話は、青井君に握手をしてもらった時のエピソード。
またね、
と言われたから、また会えるはずだけど
あれからもうすぐ25年、
その後、私と青井君はずっと会えていない。
当時は、ライブも狭いホールで開催されて、
運よく良い席が当たれば青井君を近くに感じることもできたけど、
それからグループの人気はどんどん上がり、
国民的アイドルグループとなった彼らはライブも1年に1回のドームツアーとなり、
ステージに青井君がいるのかわからないくらい遠い席から参加するか、
チケットすら当たらなくなってしまうことも増えた。
その後、グループは人気絶頂のまま解散、
青井君は単独でバラエティー、俳優業で活躍し
日本で彼の名前を知らない人はいないくらい、超大物芸能人になり、
私との距離はますます遠くなる。
それでも、私の気持ちは、変わらなかった。
離れていても青井君と同じ時間を夢いっぱいに過ごしています。
これは私が毎回青井君へのファンレターに書いている言葉。
これは今も続けている。
そんなある夜、
今日も私は昔の青井君のライブDVDを見ていた。
当時はVHSで持っていたライブビデオをDVDに買い替えて、毎日見る。
特にお気に入りが、1998年年末に開催されたライブ。
青井君に会えた直後に開催されたライブで、私も参加している。
今日も心だけ、あの時代に戻っていた。
22歳の私に。
もうすぐ、深夜12時になる。
「そろそろ寝よう、あ、今日は満月だった」
思い出した私はビデオを止めて、ベランダに出て月を眺める。
「もう一度、青井君に会えますように」
そんな願いを心の中でつぶやいて、部屋に戻ろうとした時。
「キャー」
私は、思わず悲鳴をあげた。
そこには、ライブDVDに出ていた当時の青井君が立って、こっちを見ていた。
「どうして青井君がここに?夢?」
青井君は笑顔で
「驚いた?」
「今、言ったよね、もう一度青井君に会えますように、
月が願いを叶えてくれた?あ、申し遅れましたが、俺、青井、
1998年ライブバージョン、トップアイドルやってまーす。君は?」
「私は、なみ、1998年は22歳でした。」
「俺は1998年の青井だからね、今は2023年?なみは俺と同い年。」
「25年前の青井君?」
「ずっと俺のこと、見ていたでしょ?だから出てきちゃった。」
青井君はテレビを指でさした。
その時、なみは気付いた。
「私、パジャマですっぴん」
25年後の青井君との再会の私の姿はまさかのパジャマですっぴんだった。
「家でビデオ見る時は、それが自然でしょ。今、夜中の12時」
青井君は笑っていた。
「今日から深夜12時、3分だけなみに会いに来るから」
「シンデレラの魔法は12時で終わるけど、俺は12時から魔法を始める、時間は3分だけ、カップラーメンの待ち時間。」
私が大好きな青井君の笑顔だった。
気が付いたら朝になっていた。私は飛び起きた。
あれは夢だったのだ。
部屋の中には毎日見ているライブDVDがある。
それにしても、素敵な夢。
私は嬉しくてたまらなかった。それが夢の中の話であっても。
その日も夜中の12時がやってきた。
「青井登場、今日もなみを笑顔にしに来ました。」
青井君は現れた、笑顔にする、これは当時の青井君のきめゼリフだった。
「夢ではなかったのだ。」
「夢ではないよ、12時に来るって言ったよね、3分間独占できるよ、できないこともあるけど。」
「今は2023年でしょ?1998年以降のことは俺知らないから、この期間に何が起きたか、俺に教えない、それから。」
「俺、ライブバージョンの青井だから、ステージでできることしかできないよ。」
「まず、触れない、写真撮影も録音も禁止、カメラもテープレコーダーもダメだよ。」
「何なら、できるのですか?」
「なみのために歌を歌ったり、ダンスしたり。ただ時間は3分だけ。」
「ラッキーでしょ?ライブ会場にはたくさんのファンの子がいる、それをなみは3分間だけ独占できる。」
「では、歌が聞きたい。」
「では、1曲、俺のソロ、好きでしょ」
青井君は私の大好きなソロ曲を歌ってくれた、でも3分たつと、腕にいつもつけている時計を見て、
「じゃあね、バイバーイ。」
と言って消えてしまう。
次の日も、その次の日も青井君は、私の前に現れてくれた。
腕時計を気にしながらも、今日はMC、その次はゲームコーナーの再現。
観客1人の私のために、青井君はたくさんのファンサービスをくれた。
そんな夜が6日続いた日、青井君は言った。
「明日が最終日だから。」
「ツアーにも最終日があるでしょ、バイバーイ。」
ツアーの最終日、明日で青井君に会えなくなってしまう。
私は言えずにいた、
25年前に青井君に会ったこと、
またねって言ってくれたこと、
あの日会えて、嬉しかったこと。
そして、今も書き続けているファンレターのこと。
深夜12時になった。
青井君は私の前に現れた、そして、私の姿に少し驚いたようだった。
「今日はどうしても、青井君にこの服で会いたかったから。」
私は25年前、青井君に会った時に来ていた服装で青井君を迎えた。
「今日は何する?最終日だけど。」
青井君は笑っていた。
私は答えた。
「この服は25年前、私が人生で最高に幸せだった日に着ていた服です。」
「私、ずっとあなたに会いたかった。」
私は泣いていた。
「おい、泣くなよ。泣いている間に3分過ぎるよ。」
「この1週間、青井君に会えて不思議だったけど嬉しくて。」
私の涙は止まらなかった。
そんな私を見て、青井君は、
「どうぞ。」
私を抱き寄せてくれた。
「触れてはいけないのでしょ?」
「今日は最終日だからサービス。」
私は青井君の腕の中で泣いていた。
そんな私に青井君は
「俺のこと、ずっとずっと好きでいてくれるのだね。25年先の未来に来たってことは」
私は泣きながら答えた。
「ずっとずっと、大好き、今日が青井君に会える最後の日でしょ?」
「俺は、1998年バージョンの青井だよ、俺は1998年でしか生きられない、過去には戻れないから」
そして
「離れていてもなみは、俺と同じ時間を夢いっぱいに過ごしているのでしょ?2023年には25年後の俺がいるし、続きは、25年後の俺とやってよ。またね。」
青井君は「またね」と言って消えてしまった。
私の部屋のテレビにはライブDVDのエンディングの映像がながれていた。
「同じ時間を夢いっぱいに過ごしています。」
それは、いつもなみが青井君へのファンレターに書いているフレーズだった。
それから何日か過ぎた。
青井君は現れなくなった。
何度もライブDVDを見ても。
そんなある日、青井君のテレビ番組を見ていた。
「2023年12月25日、イベントを開催します。25年前もイベントをやりましたが今年のクリスマスに皆さんに会えますように、応募してね。」
今の青井君がテレビで呼びかけた。
私は早速応募した。
2023年12月25日、私はあるホールにいた。
イベントに見事に当選したのだ。
25年前とは違う場所だったが、広い会場だった。
私はいちばん後ろのふちの席に座っていた。
現在の青井君が登場し、イベントは始まる。
私の席からは遠いけど、青井君と一緒にいられて私は幸せ。
25年前もクリスマスにイベントを開催した話から始まり、
終盤に入る頃、
「今日は、ハイタッチで皆さんをお見送りします、俺からのクリスマスプレゼント。」
25年後も青井君からのサプライズだった。
1列目の人達から青井君はハイタッチで見送りそのまま退場となるパターンだった。
列がどんどん進み、私の番が近づくと、
いちばん後ろの席にいた私は、最後に見送られる観客になっていた。
青井君は、私に笑顔で目を合わせ手に触れた、
そして、
「2023年バージョンの青井です。なみ・・・25年ぶり。」
気がつけば、スタッフの人達もいなくなっていて、私は青井君と二人だけだった。
「青井君。」
「最後に会った時の25年前の服より、今日の服の方がいいね、パジャマですっぴんも良かったよ。」
私は驚いた。
「離れていても青井君と同じ時間を夢いっぱいに過ごしています、いつも手紙に書いてあった。25年前のクリスマスにも会いに来たよね?あの服を着て。」
手紙も気持ちも、青井君に届いていた。
一方的な出会いではなかったのだ。
「なみと3分間会っていた時は、言えなかったけど、最終日にさ、またねって言ったでしょ」
「続きは25年後の俺とやってよって、言ったよね。それから」
「47歳の青井は、なみと同じ時代を生きているから、3分で消えないよ、それに・・・制限なく何でもできるよ。同じ時代の青井だから。」
青井君は笑っていた。青井君と私の夢いっぱいの未来は続く。