第二七話 この社会に寄生するのは……
「ったく……リフレクターさんよ、なんであんな場所で油売ってたんだ」
関東近県にある小さな喫茶店モン・ブランの店内で、カウンターに肘をついた格好で目の前にいるピンク色の髪の男性……勇武より戻ってきたリフレクターへと質問するクレバス。
あの事件から数日……一度足がつかないように解散したのち、再びこの組織の拠点となる喫茶店へと戻ってきたリフレクターがカウンターにつくと同時に、クレバスは文句を垂れ流し始めたのだ。
彼はリフレクターの前で、淹れたてのコーヒーを提供しつつも、本来の仕事内容ではない戦闘行為に及んだことに疑問を感じており、この場所がヒーローへと露呈しないかどうか多少の不安を感じている。
「私もあんな強力な才能を持つ子供がいるなんて知らされていなかったわ……もう少し早く迎えにきてちょうだい」
「……空間を裂くのは時間がかかるんだ、逆は割と楽だけどな」
「まあまあ、元々潜入任務とはいえあのボロボロになったビルで本日訓練が行われるなんて知らされていなかったですからね……」
カウンターの少し離れた席に座るヘーゼルの目の男性……ネゲイションがコーヒーを片手に微笑む……こいつはこいつで何を考えているかわからんが……クレバスはガリガリと頭を掻いたあと、自分の分のコーヒーを淹れ、カップから軽く啜る。
リフレクターは何かに気が付いたかのように懐へと手を入れると、「勇武高等学園生徒名簿」と書かれた書類を取り出しカウンターの上を滑らせると、ネゲイションの手元へと送る。
「目的の名簿はそれでいいのよね? 最新版の所属学生の名簿らしいわ」
「ありがとうございます、さすがリフレクター……潜入工作についてはお手のものですね」
ネゲイションが軽く頭を下げてからその書類を手にとる……その様子を見てリフレクターは黙って頷くと、コーヒーを飲み干しクレバスに軽くカップを振っておかわりを要求している。
ヴィランネーム、「リフレクター」……本名山梔子 敦巳、本業はあまり評判のよろしくない私立探偵として活動する、一般人として世間へと紛れ込んだヴィランの一人である。
一般人は誰も知る由もない……世間にはこうして隣人の仮面を被り、悪事に加担するヴィランが多数潜伏している。
「まあ、勇武の学生さん達には顔が知られてしまったから……次回は別の工作が必要ね」
「……大丈夫です、次回は直接私が集めた人員で攻め込みますので」
ネゲイションの言葉に驚いたように、彼の顔を見るリフレクター……攻め込む? 勇武に? 先日の超戦闘能力を発揮した学生二人のことを思い返して、ゾクッと背筋が震える。
さらに壁をブチ破って登場した黒髪の少女……あの才能は簡単に人を殺せる危険なものだ……あれはまずい。
次に彼らと相対した際、自分はあの少年少女の攻撃を防げるだろうか? と彼に撃ち抜かれた腹部が鈍い痛みを発した気がした。
「……ネゲイション、とやかくいう気はないけどあの学園におかしな能力の少年が一人いるわ……」
「知ってます、狙いは彼……秋楡 千裕という少年、そしてその裏にいるライトニングレディです」
ネゲイションはなんだそのことか、と言わんばかりに無造作に髪をかきあげると、リフレクターに笑顔を向ける……ライトニングレディ、超級ヒーローにして一七年前の事件にも参加した当事者。
ここしばらくは目立った実績も無く、超級ヒーローと呼んでいいのか、というメディアの物議を醸していた時期もあった存在。
だが先日ファイアスターターを倒し、その実力が本物であることを再度証明してみせた……まごう事無き正真正銘の女性ヒーローの一人である。
「……どういうこと? 教えてもらってもいいかしら?」
「……本当はファイアスターターを倒したのが、貴方のその腹を撃ち抜いた少年だったとしたら? そしてライトニングレディはなぜかその少年にご執心らしいのです。気になりませんか?」
ならないわけがない……リフレクターはネゲイションの言葉に手に持ったカップを取り落としそうになって、慌ててカウンターの上へと置き直す。
確かに学生とは思えないくらいの戦闘能力を感じた……スピード系の超加速に、パワー系の破壊力……ネゲイションに渡した資料には該当の生徒の才能は強化と記載されていたはずなのだが。
「確かに、あれは強化なんて生やさしいものじゃなかったわ、黄金の雷光を纏うヒーロー候補生……」
「彼の才能は龍使いです……一七年前ヴィランの王を追い詰めながら、非業の死を遂げた最強のヒーロー竜胆 刃と同じ才能ですよ」
「竜胆って……当時の公安ヒーローで、任務中に亡くなったって人かしら?」
リフレクターの言葉にネゲイションが頷くと、書類の中から秋楡 千裕のパーソナルデータが表示された紙をカウンターの上へと置く。
データには大したものは書かれていない……少し前まで一般の高校へと通っており、かなりイジメられていたらしい。
たまたま巡回をしていたライトニングレディがヴィランに襲われた彼を助け、その才能に気がついた、とされている。
また才能検査においてエラーが起きており、再検査の結果強化であることがわかり、極端にイジメは減少し、彼の能力を見込んだライトニングレディの推薦もあって転入試験に参加し、見事合格したとされている。
「……随分と幸運を抱え込んでいるガキのようだな」
クレバスは鼻を鳴らすと、秋楡少年のデータには興味がないとばかりにネゲイションとリフレクターの手元にあるカップへとコーヒーを継ぎ足す。
だがリフレクターはその情報を見て、違和感を感じる……それまでイジメられていた少年がライトニングレディの目に止まるだろうか?
「……違和感しかないわね……イジメの対象者がそう都合よく勇武の基準に合う才能を持ってるなんてことないでしょうに」
ヒーローを育成する勇武の入学、転入生は希少かつ能力の優れた才能を有するものが多い、謂わば才能エリートと言ってもいい存在だらけだ。
幼少期から優れた能力を発揮し、将来性の高い学生が門を叩き、そして選別……篩にかけられていく、高校生までイジメの対象だった人間がそう易々と合格できるような場所ではないのだ。
戦闘の恐怖、死への葛藤、そしてヒーローとして大事な正義を愛する精神、それら全てが高次元で融合した人材のみが勇武生として生き残ることができる。
「……龍使いという才能は歴史から抹消されてきました、それゆえ存在を知るものは極端に少ない。竜胆は自分の才能をあまり人には伝えなかったようです。それが裏目に出て、龍使いという言葉は次第に消え去りました」
理由はもう一つある、ヴィランの王を信奉する存在は現在の日本政府、才能協会の中にも多く存在している。
大っぴらに信奉者であるなどと名乗るものはいない、だがそれは悪魔崇拝者がいつの時代も根強く残っているのと同じように、この才能全盛の時代においても社会のあちこちに病巣のように根深く張り巡らされている。
ヴィランの王を再び担ぎ上げ、文明社会をより自分達の信じる世界へと変化させるその日まで彼らは暗躍し続けているのだ。
ネゲイションは再び手元の新聞を広げると、表情を隠すかのように紙面へと目を落とす。
「……つまりはこの社会の裏側には強く根を張る悪の植物が巣食っているんですよ、いつか宿主たる世界を、人類社会を崩壊させるためにね」
_(:3 」∠)_ ヴィランとヒーロー社会の取引とかそういうの、絶対あると思いますよ、ほんと
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