第一四話 勇武転入試験 〇四
「まずい……このままでは……」
僕は次第に身動きの取れなくなっている状況に焦りを募らせる……一発一発の弾丸自体の威力は相当に抑えられているらしく、痛みはあるものの我慢できないレベルのものではない。
本来であれば肉を削ぐくらいの勢いはあるのだろうが、模擬戦だからなのかそれとも別の意図があるのかわからないけど、いきなり殺す気で来られなくてなんとか耐えれている状況だ。
ただ恐ろしく射撃の精度が高いようで、僕の体のあちこちに衝撃が加わる……避けようにも先読みされているのか、足元に弾丸が打ち込まれ、うまく動くことができない。
「どうやって近づくか……ぐううっ!」
防御が間に合わず腹に数発弾丸が叩きつけられるが、千景さんとの訓練で散々繰り返されたトレーニングの効果があるのか、それでもまだ我慢できる。
深く息を吸い込み、そして吐く……体の隅々にまで力が漲る……ファイアスターターを倒した時よりはまだ弱いが、それでも十分に何かが身体中を流れているようなそんな感覚を感じつつ、僕は飛んでくる弾丸に拳を叩きつける。
「な、拳で?!」
パーンッ! という音を立てて僕の拳が弾丸を相殺したのを見て海棠さんの顔に驚きの表情が浮かぶ……一瞬混乱したのだろう、動きと攻撃が完全に止まる海棠さん。
今だっ! 僕は体を流れる流れのような力を脚に込めて、一気に距離を詰める……先ほどよりもはるかに高速に、まるで弾丸のように飛び出した僕に、海棠さんはうまく反応できず、僕は一気に彼女の懐に入り込むと拳を振りかぶる。
「今ならっ!」
「……くっ! この距離じゃ弾丸が……ッ!」
千景さんの作戦を思い出す……相手は女性、それでも治癒能力者がいれば傷は治せる、だから相手の意識を一撃で刈り取るために頭を狙う……当てる場所はどこでも良いが、インパクトの瞬間にほんの少しだけ拳を引く、それで龍使いの能力であっても致命傷にはなりにくく、十分な威力のある攻撃が出せるはず。
だから、申し訳ないけど僕は彼女の頬に拳を……。
僕は拳を海棠さんの頬に叩きつけようとするが、その時スローモーションのように彼女の驚きと恐怖を感じている目が僕と合ってしまう……息を呑んで僕を見る彼女の目に昔の、いじめられていた時の僕と似たような何かが見えた気がした。
僕は……だめだ、女の子の顔なんか殴れない……ッ! 無理矢理に軌道を変えて僕は彼女の脇腹に拳を振るい、衝突の瞬間にほんの少しだけ力を緩めた。
「ああああっ!」
ドンッ! という衝撃と共に彼女の体が左側に大きく飛ばされる……しまった……変化が無理矢理だし、力を抜きすぎて十分な威力が出ない。
比較的軽い体重の海棠さんを押しやるような状態で、彼女の体が軽く浮くが……大したダメージにもなっていないパンチでは相手の意識を刈り取ることなんかできない。
バランスを崩した海棠さんが、おっとっとという感じで後退するが、彼女はすぐに僕を見て軽い怒りの表情を浮かべて怒鳴りつけてきた。
「私に情けを……なんで?! 今秋楡くん私を確実に殴り飛ばせたでしょ?」
「君みたいな綺麗な女性の顔は……殴れない……」
「……私は……外見でこの学校に転入したいんじゃないっ! 勝ち取りたいんだ!」
その言葉にカッとなったのか海棠さんの頬が少し紅潮し彼女は激昂したように叫ぶ。
怒りの形相で再び僕に向かって弾丸を連射してくる海棠さんだが、怒りによるものなのか微妙に射線が定まらないらしく、命中精度が徐々に落ちてきている。
大丈夫、相手の攻撃は直線的で軌道は正確だが、指先の方向にしか飛ばせない……途中で軌道が変化をすることはないのだから落ち着いて見ていれば致命的な攻撃だけは避けられる。
「うおおおおおっ!」
僕は再び呼吸により、身体中に力を張り巡らせる……飛んでくる弾丸を一発……二発……両方の拳で叩き落としながらジリジリと前進していく。
相殺しきれない衝撃で拳の皮膚が破け、痛みと共に血が滲むがこんなもの何も問題ない……海棠さんは先ほどまでの片手での射撃スタイルを続けながら腰にかけていたペットボトルから水を補給する。
その隙を狙って僕は一気に文字通り超加速する……顔はやっぱり無理だけど、腹部なら……彼女が反応しきれない速度で僕の拳が腹部にめり込む。
「……かはっ!」
「浅い……二発目をッ!」
「な、舐めんなあっ!」
だが、まだ僕に迷いがあるのか微妙に浅い……これでは悶絶するだけで意識を刈り取るまではいかない。もう一発叩き込まなければ! 拳を引いて二発目を放とうとした僕に海棠さんが歯を食いしばり、それまで見せなかったその場で回転するようなコンパクトな回し蹴りを放ってくる。
完全な遠距離型、格闘戦には向いていなさそうな体型なのに、この回し蹴りは恐ろしく鋭く、僕は防御することすらできずにモロに喰らってしまい、思い切り後方へと飛ばされる。
「うわああっ!」
だがやはり致命打にはなり得ない……回転しながら立ち上がった僕に海棠さんの弾丸が叩きつけられる……すごい……遠距離射撃能力と格闘戦でもちゃんと立ち回れる……相当に練習を積んでいるのだろう、不用意に飛び込むと蹴りで突き放される……どうする?
僕は弾丸を叩きつけられながらも防御体制を崩さずに、相手の動きをじっと見る……何か、何か打開策を思いつかなければ……そのままの姿勢でジリジリと前進しながら相手のことを観察していく。
だがその時、弾丸を打ち続ける海棠さんが辛そうな表情を浮かべているのに気がつき、僕は彼女が本心から相手を叩きのめしたい、などとは思っていないことに気がつく。
彼女が傷だらけになっていく僕を見ながら、震える右腕を左手で押さえつけながら、少しだけ目を潤ませて呟くのを僕は聞いてしまう。
「なんで……なんで心が折れないの……もう降参してよ……ッ!」
「あのバカ……! 治療能力者いるから容赦するなって言ったのにチャンスを自分で無駄にしやがった……」
「割と……鬼ですよね、ライトニングレディは……」
千景の悪態を聞いて雄蛭木は少し引き気味の顔を浮かべる……そりゃ年頃の男の子が綺麗な女の子を普通に殴る、なんて行動はできなかろう……だが、確かにヒーローである以上、相手がヴィランだった場合に女性だからと言って容赦をすることなどできない。
ヒーローは最終的に相手を殺すような真似はしない、だがそれでも容赦無く相手を叩きのめすことは必要な場面もある上、油断して自分が殺されてしまうのは愚の骨頂だ。
「ヒーローとしては、優しすぎますね彼は……まあ、一般高校に行っていたらそうなるでしょうけど……」
「ああ、だから勇武でちゃんと教えないとな……殺すのではなく、制圧するための心構えを。情けや優柔不断は命取りになることをね」
千景の言葉を聞いて納得した気分になった雄蛭木だが、ふと彼の横に座る茅萱を見るとやはり彼も曇った表情を見せている。
どうしたんだ? と思って彼を見つめていると、膝に置いた手を握りしめて軽く振るわせている……海棠候補生は相当に能力の威力を制限して速度に振り切っているようにも見える。
それは器用かつ繊細なコントロールを要求されるため海棠候補生の技術と練度の高さを感じさせるものではあるが……。
相手を殺さないための配慮だろうが、逆にそれが命中したとしても秋楡候補生の意識を刈り取るまでに至っていない……この試験場には特殊な装置が組み込まれていて、致命傷になり得る攻撃が繰り出されると自動的に制限をかけるような仕組みがある。
茅萱も同じように、容赦をしてはいけないと伝えていたのかもしれないな……雄蛭木は犬猿の仲でありながらも似たような部分を持つ二人を見て、苦笑いを浮かべる。
どうやら今回彼らが推薦した二人は根っこの部分では恐ろしく似通った性格をしているもの同士を連れてきているのかもしれない。
「……なんていうか……因果なものだ……これだけ仲が悪いというのに……」
_(:3 」∠)_ 優しいので顔を殴らない……が、この世界の治癒能力者は非常に重い怪我なども治せます(つまり千裕の気遣いは無駄
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