第5話 羞恥心
「ひ、姫……様……。く、苦し……です……」
「あっ! ご、ごめんシリルっ!」
ギュッとしてしまっていたシリルから、慌てて手を離すと。
彼は両手を胸元に置き、呼吸を整えてから、
「い、いえ……。僕の方こそ、あの……す、すみませんでした。それと、あの……ありがとう、ございました」
お詫びとお礼を言い、ニコッと微笑んだ。
「――っ!……シ、シリ――」
「ダメだ! そこまでだよ、リア!」
天使の微笑みにクラっと来て、もう一度抱き締めようとした私の腕を、ギルが後ろからガッシリつかむ。
「もう充分だろう? シリルも泣きやんでいるようだし……これ以上の抱擁は必要ないよ。彼にだって、刺激が強すぎる」
「は? 何それ? しげっ……き?」
そこまで言って、我に返る。
そーだ!
私、胸元の開いたネグリジェを……!
早く隠したいのに、ギルの手が邪魔をしていて隠せない。
私はカーッとなって、顔を後ろに向けると、力一杯叫んだ。
「ギルっ、手を離してッ!! 見ちゃダメぇえええーーーッ!!」
「見てないッ!! 私は見ていないよ!……かっ、顔を背けているから、大丈夫だ。心配しなくていい」
「そんなのここからじゃわかんないよッ!! とにかく手を離してってばぁあああッ!!」
「わ、わかった! 今離す! 離すからっ」
ギルの両手が離れると、私は慌てて胸元を押さえ、くるりと振り向く。
「ギルのバカバカッ!! この……っ、ドスケベ王子ぃいいいいーーーーーッ!!」
顔から火の出る思いで、めいっぱい非難すると。
彼は背けていた顔をゆるゆると正面に向け、不思議そうに訊ねた。
「ドスケ……ベ? それも、向こうの世界の言葉かい? いったい、どういう意味の――」
「ああもぉッ!! うるさいうるさいッ!! 今はそんなことどーでもいーでしょッ!? とにかくギルは、バカでいやらしくてすぐに嫉妬する、呆れたお子様だってことよッ!!」
「な――ッ!……それは、いくらなんでも言いすぎじゃないのか? すぐに嫉妬してしまうのは認めるが、今だって、ちゃんと目をそらしていたし、いやらしいことなどしていな――」
「そんなのっ、私が振り向いてからそらしたかもしれないじゃないっ! 私が見てないうちのことなら、いくらだってごまかせるよっ!」
「リア!……君は、本気で言っているのか? 私の言うことが信じられないと――?」
「そっ……そうじゃない、けど……。でもっ」
「やめてくださいっ!! お願いだからケンカしないでッ!!」
私達の言い合いがひどくなることを恐れたのか、シリルが大声で割って入って来た。
「シリル……」
初めて聞く、シリルのめいっぱいの大声に、私もギルもびっくりして、呆然と彼を見つめる。
私達の視線に気付くと、シリルは恥ずかしそうに顔を赤らめ、
「あ……。ご、ごめんなさいっ。僕、あのっ……つい……」
消え入りそうな声で告げると、体を小さく縮こめた。
「ううん。ありがとう、シリル。私達のこと、心配してくれたんだよね?……ごめんね。みっともないとこばっかり見せちゃって……」
「い、いえっ、そんな!……あ、でも……僕、お二人のこと大好きだから……。だから、ケンカは……えっと、やっぱり……あんまり見たくない、です」
モジモジとしながらも、一生懸命気持ちを伝えてくれるシリルに、しみじみジーンとしてしまう。
やっぱり、いい子だなぁ……。
こんな子が側にいてくれて、ホントに恵まれてるよね、私……。
……ううん。
シリルだけじゃない。私の周りは、いい人達ばっかりだ。
恵まれた環境が当たり前みたいになって来て、つい、忘れてしまいそうになるけど……私は本当に、とことん幸せな人間なんだよね。
素敵な人達をガッカリさせないためにも……私ももうちょっと、言葉も態度も、気をつけなきゃいけないなぁ……。
「ギル、ごめんなさいっ。ついカッとなって、ひどいこと言っちゃった」
即座に反省した私は、ギュッと目をつむり、九十度に近い角度で頭を下げた。
いくら恥ずかしかったからって、あそこまで言うことはなかったよね。
ギルだって、ちゃんと目をそらしてくれてたに決まってるのに、疑っちゃったりして……。
「いやっ。も、もういいよ、リア。だから、その……早く顔を上げてくれ。そうしてくれないと、また胸が……」
「へ? 胸……?」
私はパチっと両目を開き、ゆるゆると視線を下に向けた。
視線の先には、大きくぱっくりと開いた襟元と、見事に丸見えな胸の谷間……が……。
「キャーーーーーッ!! 嫌ぁああああああッ!!」
力いっぱい絶叫し、私は目の前のギルの体を、ありったけの力を込めて突き飛ばした。