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第3話 したたか執事と怯える美少年

「リアっ!?」


 混乱し、ふらついた私を慌てて受け止め、ギルは気遣わしげに頭を撫でてくれる。


「すまない。衝撃が強すぎたようだね。……だが、これだけはわかって欲しい。彼らが危険なのは、満月の夜だけなんだ。この日に遭遇(そうぐう)しなければ、怖がることはない。彼らだって、自室に籠って人を避け、誰にも会わないようにしている。……はず、なんだが……」


 彼はそこで言葉を切ると、アセナさんを振り返った。


「それなのに何故、今夜に限っておまえはここにいる? まさか、リアがいることを知って……最初から、彼女を狙って忍び込んだと言うのではないだろうな? もしそうであるならば、ウォルフの姉であろうと容赦(ようしゃ)はしないぞ。私はおまえを断罪する。覚悟は出来ているんだろうな?」


 強い嫌悪を瞳に宿し、ギルは冷たく言い放つ。


「いや~ねぇ。お姫様がここにいることなんて、あたしが知る訳ないでしょぉ~?……って、それより。ホントにその娘、お姫様なのぉ?」

「無礼なことを言うな! 彼女は正真正銘、ザックス王国のリナリア姫だ!」


「ふぅ~ん。……で? その隣国のお姫様と、いったいどこで落ち合って、城の中に連れ込んだのかしらぁ? 昨日も一昨日も、ギルフォード様は、外出なんてなさらなかったはずよねぇ? ず~っと城内にいらっしゃったでしょぉ~?」

「――っ!……そ、それは……」


 ギルは答えに(きゅう)し、悔しそうに歯噛みする。

 『私、自国の森からここまで、瞬間移動して来たんです』なんて言うワケにも行かず、私も口をつぐむしかなかった。



 第一、瞬間移動が誰によってなされたのかすら、未だ謎のままなんだもの。

 説明したくたって、出来るワケないのよね……。



 そんな理由から、二人揃って黙り込んでいると、


「まあ、べつにいいけどぉ。あなた達がどこでどうやって落ち合ったかなんて、大して興味ないしぃ~」


 あっさりと引き下がられ、拍子抜けしてしまった。

 てっきり、追求されるのかと思って、身構えていたんだけど……。


「そんなことよりぃ、そろそろ部屋に戻りたいんだけどぉ~? 早くぅ、これ解いてくれなぁ~い?」


 反省の色など微塵も見せない上での要求に、ギルは一瞬絶句した。

 でも、すぐ我に返ると、


「ふざけるなッ!! リアにあんなことをしておいて、このまま帰すと思っているのか!? 夜が明けるまで、おまえはここにいるんだ! 処分については、ウォルフと話し合った上で言い渡す!」


 怒りの感情を隠そうともせず、キッと彼女を睨み据える。


「えぇ~っ? ウォルフが来るまで、ここにいいなきゃいけないのぉ? 困るわよぉ、そんなのぉ~。フレデリック様のご朝食の準備だって、しなきゃいけないしぃ~」

「そちらはウォルフにやらせる。問題ない。……フレデリックにも、後でここに来てもらうことになるだろう」

「――フレデリック様も?……何故?」


 (なま)めかしい声色がスゥッと消え、アセナさんは真顔で訊ねた。


「決まっているだろう? おまえは、フレデリック専属の執事だ。従者の行動には、主が責任を持たねばならない。おまえが仕出かしたことについての責務を、フレデリックにも負ってもらう」

「ええっ? そんな……。いくら主だからって、今夜のことに、フレディは関係ないじゃないっ」


 フレディにまで事が及ぶとは思っていなかった私は、不意を突かれて、思わず声を上げてしまった。  


「……関係ない? 本当にそう思っているのかい?」


 ギルは私をそっと胸から離すと、厳しい顔で見下ろす。


「えっ?……う、うん。思ってる……けど?」


 彼の表情を気にしつつも、本当に、フレディには関係のないことだと思っていたから、私は素直にうなずいた。

 すると、ギルはふぅーっと長めに息を吐いてから、言い聞かせるように訴える。


「リア、君は甘すぎる。アセナはフレディの執事なんだ。フレディがアセナに言い付けて、ここに忍び込ませた可能性だってあるだろう?」

「ええっ、そんな――! どーしてフレディが、そんなことしなきゃいけないの? アセナさんをここに忍び込ませて、何をさせるつもりだったってゆーの?」


「それを確かめるために呼ぶんだよ。アセナを問い詰めたところで、口を割る訳がないからね。主に直接訊ねるんだ」

「ギル……」



 彼が弟を疑うようなことを言い出したのは、悲しかったけど……。

 ここでまた、私が余計な口出しをすれば、変な方に話が転がってしまう気がして、言えなかった。



「フレデリック様は何もご存じないわよ。私がこの部屋に来たことだって知らないわ。今頃は、ベッドでお(すこ)やかに眠っていらっしゃるはずよ」


 色っぽい口調は、どうやら完全に引っ込めたらしい。アセナさんは淡々と告げた。


「おまえの言うことなど信用出来るか! おまえにだって、仕えている主を守ろうという気持ちくらいは、あるだろうからな」

「まあ、疑うのは勝手だけど。……でも、フレデリック様が、こんな夜中にあたしをここに来させて、何の得があるってゆーの? ギルフォード様には、何か思い当たることでもあるのかしら?」


 探るような眼差しで、アセナさんがギルを見つめる。

 彼は視線を黙って受け止め、しばらく、睨み合うような形になってしまっていたんだけど、 


「そんなものは……ない。疑わしいところがあるかどうかを知るために、フレディを呼ぶんだ」


 ギルの方が先に目をそらせ、つぶやくように答えた。


「あら、本当に? 以前から疑ってることがあるから……フレデリック様を、怪しく思っちゃったりするんじゃない?」

「疑っているだと? 私が何を疑うと言うんだ?」

「そんなこと知らないわよ。自分の胸に聞いてみればいいじゃない」

「…………」


 再び二人は睨み合い、息苦しい沈黙がその場を支配する。

 私はどうしたらいいのかと頭を悩ませ、視線をあちこちさまよわせた。


 すると、ベッドの上で、体を抱き締めるようにして丸くなっている、シリルの姿が目に入って、私はハッと息をのむ。


「シリル!」



 私ったら……。

 自分の気持ちを落ち着かせるのに夢中で、シリルのこと忘れてた。

 シリルだって、いきなり唇を奪われて……おまけに下半身まで触られて、ショック受けてるに違いないのに。



 私はギルの腕からするりと抜け出し、シリルの元へと駆け寄った。


「シリル!……シリル、ごめんね。ずっと放っといて。あの……もう、大丈夫……?」


 恐る恐る訊ねると、シリルはビクッと肩を揺らして、ゆっくりと顔を上げた。


「ひ……姫、様……。ぼっ、僕……。僕……」


 今にも泣き出しそうな顔つきで見上げられ、クラっとしそうになったけど、どうにか堪える。


「いいのよ、シリル。我慢しないで。泣きたい時は、思いっ切り泣いちゃっていいの」

「……で、でも……。僕、男だし……。り、立派な――き、騎士に、なりたい、のに……」


『自分は騎士を――強い男を目指しているんだから、涙なんか流しちゃいけない』


 健気にも、そんなことを思いながら、さっきからずっと、涙を堪えてたんだろうなと思ったら。

 自然に私の手は、彼の頭に伸ばされていた。


「――っ!」


 頭に手を置いて、数回撫でる。

 シリルはびっくりしたように、大きな瞳で私を見つめた。


「いいの。泣いていいんだよ。今は……今だけは、私が許すから」

「ひっ、……め、様……」


 シリルはとうとう、両目から大粒の涙をぽろぽろこぼし、


「姫様っ! 姫様ぁああああっ!」


 私の腰に抱き付いて、声を上げて泣き始める。


「な――っ!」


 背後で、ギルがショックを受けている気配がした。


 きっとまた、大騒ぎするに違いないと思ったけど。

 私はあえて無視して、シリルが落ち着けるように、頭を撫で続けた。


「怖かったよね。……ごめんね。私、自分のことばっかで……」

「う……うぅっ――。ひっ、姫様……。姫様ぁ……」


 よしよしという風に、ひたすらナデナデしていると、


「リ……リア……。これは、どういうことなのか……私にもわかるよう、説明してもらえるかな……?」


 怒りを封じ込めようとしているためなのか。

 微かに声を震わせたギルが、私の肩にぽんと手を置いた。

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