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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第9章 隠し事

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第1話 真夜中の衝撃

 ふと、微かな物音を聞いた気がして、目が覚めた。


 ……物音。

 ベッドの上――布の上を、誰かが()ってるみたいな音。



 ……ん?

 『誰か』?

 『這ってる』――?



 意味がわかった瞬間。

 ゾッとして、私は恐る恐る、音のする方へと目をやった。


「ヒ――ッ!」


 思わず声が漏れてしまい、慌てて両手で口をふさぐ。


 視線の先には、知らない女の人がいて。

 シリルの華奢(きゃしゃ)な体をまたぎ、両脇に手をついて、顔を覗き込んでいた。


 私は大きく息を吸い込み、助けを呼ぼうと口を開いた。

 すると、その人はゆるりとこちらに顔だけを向け、肩辺りで切り揃えられている、銀色に輝く美しい髪をかき上げると。

 慌てる素振りなど微塵(みじん)も見せずに、(あや)しく微笑んだ。


 圧倒的な美貌(びぼう)妖艶(ようえん)さ、仕草に魅入られ、私はポカンと口を開けたまま固まった。


「フフ……。少ぅしだけ、静かにしてて?……ね?」


 やたらと(つや)っぽいささやきに、思わず赤面してしまう。

 その隙に、まだ眠っているシリルの頬を両手で包み込むと、彼女は彼の唇に吸いついた。


「――ッ!?」


 正に、『吸いつく』って表現がピッタリだと思えるような、唇の動きだった。

 恥ずかしくて、目をそらしたくなるような大人のキス。それをシリルにし続け……彼の体の上をすべるように、美しい片手を這わせる。

 そこで、ようやく我に返った私は、


「ちょ…っ! 何してるんですかっ!? シリルから離れてっ!!」


 大声を出し、謎の女性に飛び掛かるようにして、彼女の顔を、シリルから引き離しに掛かった。


 シリルもいつの間にか目を覚まし、必死に手足をバタつかせ、彼女から逃れようともがいている。

 だけど、想像以上に彼女の力は強くて。

 私がどんなに引っ張っても、叩いても、シリルがめいっぱい抵抗しても、体の上から、ピクリとも動かなかった。


「ちょっとやめてっ! やめてってばぁッ!!」


 それでも諦めずに、ドンドンと彼女の体を叩き、腕を引っ張り続ける私の目に。

 突如、信じられない光景が映った。



 なんと、彼女は――シ、シリルのかっ、かかか下半身に――っ、て、手をっ、手をぉおお……っ!!



「――っ! んんーーーッ!? んんんーーーッ!!」


 唇をふさがれたまま、シリルが悲鳴を上げるみたいに、くぐもった声を漏らす。

 そこで突然、彼女はカッと目を見開き、飛びのくようにして彼の体から離れた。

 それから、チッと小さく舌打ちし、唇を手の甲で拭ってから、悔しげに顔を歪めると、


「なんだ、男か」


 とつぶやいた。



 …………へ?

 『なんだ、男か』……?



 彼女が発した言葉の意味がわからず、呆けている私と目が合うと、彼女はニヤリと笑って、


「あ~らぁ……。よく見ると、こちらもなかなか……」


 言いながら、私の腕をつかむ。


「へっ?……え……?」


 気が付くと、私は体を引き寄せられ、後頭部に手を置かれて、彼女の顔を真正面から見つめていた。


「あ……あの……?」


 口を開いたとたん、彼女がガバっと覆い被さって来て。

 何故か私は、()()()()()()()()()()()()いた。


「んっ?……んんっ?……んんんーーーーーッ!?」



 ギルとは全く違う、唇と舌の感触――。



 私はあんまり驚いて、すぐには体が動いてくれず。

 されるがままに、もてあそばれ続けた。



 ……え、なに……?


 え……え……?



 …………えっ!?

 もしかしてキスされてるッ!?



 な――っ!……なんなのっ!?

 いったいなんなのこの人ぉおおおーーーーーっ!?



 一気にパニック状態になった私は、彼女の髪を引っ張り、背中を叩きまくり、足を思い切りバタつかせた。

 それでも彼女は(ひる)むことなく、私にキスをし続け……とうとう、胸まで触られた。


「――っ!?」



 ……嫌ッ! そんなとこ触らないでッ!!

 離してッ、どいてぇえええーーーーーッ!!



 ショックが大きすぎて、涙がにじんで来る。



 ……ワケがわからない。


 なんで私、こんな……どこの誰かもわからない女性に、キスなんかされちゃってるの!?

 おまけにこんな――っ、むっ、胸まで触られ……っ!!



 ヤダ……。こんなのヤダ……!

 こんなとこ……こんなとこまだ、ギルにだって触らせてないのに……ッ!!



 助けを呼ぼうとさまよわせた視線の先に、自分の体を抱き締めながら、ブルブルと震えているシリルの姿が映った。



 シリル、助けて――!!



 涙目で訴えるけど、彼もすっかり怯えてしまっていて。

 とてもじゃないけど、助けを求められる状態じゃなかった。



 あんな形で、強引にファーストキス(だよね?)を奪われて、下半身まで触られちゃったんだから……怯えちゃうのも無理はないけど。


 でも……でも、せめてシリル……。

 せめて隣の部屋から、ギルを……ギルを呼んで来てお願いぃいいいーーーーーッ!!



 心で絶叫した瞬間、


「リアッ!! 今、悲鳴のようなものが――っ?」


 すごく大きな音を立ててドアが開き、ギルの声が聞こえた。

 私は心で何度も何度も、彼の名を呼ぶ。


「おまえ……。アセナ!? アセナかッ!?……クソッ、どうして――!」


 上品な貴族らしくない声を発し、ギルがこちらに駆け寄って来て、


「やめろアセナッ!! 私の恋人に触れるなッ!!」


 彼女の体を力ずくで引き離し、頭から毛布を被せて、かなり乱暴に押さえつけた。


「満月の夜に、何故出歩いている!? おまえとウォルフは、それぞれの部屋で、籠っていなければいけないはずだろうッ!?」


 両腕を後ろに回された形で、強く体を押え込まれた彼女は、毛布の下で何やらわめいている。


「うるさいッ、黙れッ!! 落ち着くまでこうしているぞ!! 当然の処置だ、このあばずれめッ!!」


 女性に対しては、いつも優しいギルだけど。

 珍しく、本気で腹を立てている声の調子(トーン)だった。

 睨みつけるように、『アセナ』と呼ばれた人を見下ろし、大きく肩で息をしている。


 ハッとしたように顔を上げると、彼は私の方へ、気遣わしげな視線を向けた。


「リア、すまない。驚かせてしまっただろう?」


 私はまだ、ショック状態から完全に立ち直ってはいなかったけど、


「う……ううん……。今は、もう、大丈……夫。……それより、その人はいったい――?」


 どうにか声を絞り出し、やっとのことで訊ねる。

 ギルは、大きなため息をひとつつくと、


「こんな形での紹介になってしまって、申し訳ないが……。この女はウォルフの姉で、アセナというんだ。フレディ専属の執事をしている。……まったく。昔から人騒がせな女だよ」


 眉間にしわを寄せ、吐き捨てるように言った。


「……え?……ウォルフさん、の……オネー……さん?……え……え?…………えぇええええーーーーーーーッ!?」


 真夜中にもかかわらず、私は心底びっくりして、大絶叫してしまった。

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