第12話 小さな騎士見習いの誓い
シリルの唐突な『二人に仕える騎士になります』宣言に、私はポカンとして……。
意味がわかった瞬間、ガバっと起き上がり、慌てて引き留めに掛かった。
「ちょっ、ちょっと待ってシリルっ! と、突然何言い出すのっ? 私とギルの騎士に――ってそれ、本気で言ってるの?」
「もちろんです! 僕は本気です!……どうして、そんなことをおっしゃるんですか……?」
疑うような言い方をされ、傷付いたのか、シリルは悲しそうに声を震わせた。
「あ……。ご、ごめんね。べつに、シリルの気持ちを疑ってるワケじゃないの。ただ……えっと、騎士が主を決めるってゆーのは、何よりも重要なことなんだって、以前、ある人が言ってたから……。だから、そんな簡単に決めちゃっていいのかなって」
「簡単になんて決めてませんっ!……僕、お二人のこと大好きだし、心から尊敬してるんです。お二人の騎士になりたいって思うことは……いけないことなんですか?」
うるうるとした瞳で見つめられ、ぐっと詰まる。
シリルのこーゆー顔には、ホント弱い。
なんだか、いたいけな子をいじめてるような気になって来て、妙にソワソワしちゃうから……。
「い、いけなくはないよ? ないけど……でも、シリルはまだ若いんだし。こんなに早く、仕える相手を決めちゃわなくても、いいんじゃないかと思って。この先、もっと尊敬出来る人とか、素晴らしいって思える人に出会えるかも知れないし。それに……騎士が仕える相手って、生涯に一人だけ……なんじゃなかった?」
騎士の決まりとか掟とか……実はまだ、それほど勉強してないから、よくわからないんだけど。
確か、そんなようなことを、カイルが言ってた気がするし……。
「はい。基本は一人だけです。でも……でも僕は、お二人にお仕えしたいんです。どちらかお一人だけなんて、選べません」
泣き出しそうな顔で見つめられ、思わずクラっとしてしまう。
そんな……そんな捨てられた子犬のような目で……すがるような目で見つめられたら……。
ああ……ダメ。
ダメよ、ダメダメっ! 堪えるのよ、私っ!
抱き締めたい衝動を、グググッと抑え込み、
「き、気持ちはすっごく嬉しいけど。シリルはまず、仕える主を決めることよりも、見習いから、正式な騎士になることを考えなきゃ!――でしょ? 主選びを始めるのは、それからでもいいんじゃないかなぁ?」
頭をナデナデしながら言い聞かせると、シリルは寂しそうにうつむき、沈黙してしまった
「シリル……。え……っと、じゃあ……とりあえず今は、私とギルってことにしといたら? 騎士になる頃には、気持ちも変わってるかも知れないし」
妥協案を提示してみせたつもりだったんだけど、シリルは心外だとでも言わんばかりに、
「そんなっ! 僕、そんな軽い気持ちで、主を定めたりしてませんっ! 何年経ったって、この気持ちは変わらないって自信あります!」
私から少しも目をそらさず、キッパリと言い切った。
う~ん……参ったなぁ。
カイルといいシリルといい……どーしてそんなすぐに、主を定めたがるんだろう?
騎士になってから、ゆっくりじっくり考えて決めても、遅くはないと思うんだけど……。
それに、何年かして、彼らの気持ちが変わって、他の人を主に選んだとしても。
私、文句なんか言うつもり全然ないし。
これから先、どんな素敵な人に巡り会えるかわからないんだもん。逸って決めちゃうのは、もったいないと思うんだよね。
でも、まあ……ここでシリルの気持ちを受け入れたとしても、正式な儀式をするワケでもないんだし。
今は素直に、『ありがとう』って言っておけばいいのかな。
何よりもまず、彼の気持ちを、大切にしてあげなきゃね。
「わかった。シリルの気持ちは、ありがたく受け取っておく。何年先のことになるかはわからないけど、その時が来たら……私とギルの騎士になってね」
「姫様!……はいっ! 僕、頑張りますっ! 頑張って……うーんと頑張って、姫様とギルフォード様――お二人をお護り出来るくらい、強くなります! そして絶対、お二人の騎士として、ふさわしい男になってみせます!」
シリルはキラキラした瞳を更に輝かせて、私に約束してくれた。
彼の純粋な気持ちが嬉しくて……私はもう一度彼を抱き寄せ、頬にそっとキスした。
「――っ! ひっ、姫さま……っ?」
うろたえる彼の頭に手を置き、ちょっと照れ臭くなって笑うと、
「このことは、ギルには内緒ね? 彼が知ったら、まず間違いなく、ヤキモチ焼くから。……ね、約束だよ?」
ささやくように告げ、唇に人差し指を当てる。
シリルはぶんぶんと大きく首を縦に振り……その後、一瞬ふらっとして、倒れそうになった。
私は慌てて抱き止め、顔を覗き込む。
「ちょ――っ! だ、だいじょーぶシリルっ?」
「……は、はい……。も、申し訳……ございま、せ……」
頬に手を当ててみたら、熱があるんじゃないかと疑っちゃうくらい熱くて、ドキリとする。
「ねえっ、ホントに大丈夫? 顔がかなり熱いけど……具合悪くなっちゃったりとか、してない?」
「い、いえっ! 具合なんて、どこも悪くありませんっ!……本当に、大丈夫です」
「そう? ならいいけど……」
そう言いつつも、無理してるんじゃないかと心配で、早く横になるよう指示した。
それから自分も横になり、安心させるように微笑む。
「ちょっと、長話しすぎちゃったね。ごめんね?……じゃあ、今度こそ眠ろっか?」
「はい。おやすみなさい、姫様」
「うん。おやすみ、シリル。いい夢を……」
彼の頭をひと撫でしてから、私は体を上に向けて目を閉じた。
……明日、シリルに治癒能力のこと教えちゃったって、ギルに謝らなきゃな……。
シリルは絶対、約束を守ってくれる子だから、私は何の心配もしてないけど。
肝心なのは、ギルがどう思うかだよね。
このことが原因で、またケンカとかにならなきゃいいけど……。
私だって、ギルとは、なるべく仲良くしてたいし。
べつに、毎回、好きで言い合いしてるワケじゃないんだから。
そのためにも、シリルにキスしちゃったことは、何が何でも、隠し通さなきゃね。
ほっぺにチュってしたくらいで――とは思うけど、さっきも、シリル相手に、思いっきりヤキモチ焼いてたしなぁ……。
ほっぺにチュ。おでこにチュ……って、あ……。
……マズイ。
今の今まで忘れてたのに、思い出しちゃった。
私……フレディにも、キスされちゃったんだっけ……。
おでこにだけど。相手がフレディってのは、シリルより危険かも知れないなぁ。
……う。
だ、だいじょーぶよ、バレなきゃいーんだから!
バレなきゃ……隠し通せれば、なかったも同じ。
――って、でも……。
こーゆー考え方って、なんだか、浮気した人の言い訳みたいだよね?
……はぁ~~~。
なにやってんだろ、私?
フレディの件は、不可抗力って言えないこともないけど。
シリルの件は、私からしちゃったことだからなぁ……全く言い訳出来ない。
うぅ……。
だって、可愛かったんだもん。
この理屈は、私の中では『うん。じゃあ、しょーがないよね』だけで片付けられることなんだけど、ギルには一切通用しないってことは、すでに証明済みだしねぇ。
あ~~~、でもやっぱり、隠し通すってことしか、解決策が見つからないや。
卑怯かも知れないけど……うん、頑張って隠し通そう。
バレないように努力しよう。
もうそれしかない!
私はチクリチクリと胸を刺す罪悪感から、あえて目をそらし。
平和を維持し続けることに全力を傾けようと、固く心に誓った。