第8話 ケンカと美少年と
バスルームから、そーっと出て来たらしいシリルは。
ベッドの上で、膝を抱えてうずくまっている私の前まで、パタンパタン(スリッパらしいものを履いてるかららしい)と音を立てながら近付いて来ると、ためらいがちに訊ねた。
「あ……あの……、姫様?……え、と……ギルフォード様は、どちらに……?」
「……知らない。あんな人」
ぼそっとつぶやくと、シリルは『ええっ?』とびっくりしたような声を上げる。
「し、知らないって、姫様……。あのぅ……。ギルフォード様と、また、何か……?」
「……べつに。大したことじゃない、けど……」
そう。
たぶん……大したことじゃない。
恋人に、ちょっとはだけたネグリジェの襟元から、下着と――もしかしたら、胸までもが、見られちゃったかも知れないってゆーだけのことだ。
私達は、結婚の約束までしている、正真正銘の恋人同士なんだもの。
まだ、そこまで深い関係にはなってないって言っても、そんなに大騒ぎするようなことじゃない。
……それはわかってる。
わかってるんだけど……。
でも、やっぱり私にとっては、一瞬、我を失っちゃうほどに、恥ずかしいことだったんだ……。
毛布がすべり落ちていたと、わかった瞬間。
私は悲鳴を上げて、ギルの頬を、思いっきり引っ叩いてしまった。
その後、頭上から毛布をスッポリ被せて、周りを見られない状態にしてから。
訳のわからない状態になってるギルの腕を、強引に引っ張って、ベッドから引きずり下ろし。
隣の部屋まで連れて行って、突き飛ばすようにして押しやり、中に閉じ込めた。
その時の状況を、二人のセリフだけで説明すると。
『リア! いったいどうしたんだ!? 何故いきなりこんなことを――っ?』
『だって見たもんッ!! 私の胸元見てたもんッ!!』
『胸元?……いや、私は君の鎖骨は見ていたが、胸元なんて見ていなかったよ』
『嘘ッ!! あんなに襟元がはだけてて、見てないワケないじゃないっ! 見え透いた嘘つかないでッ!!』
『そんな、本当だよ! 君のすべらかな鎖骨を舌でなぞるのに夢中になっていたから、誓って胸元など――』
『わぁああああッ!! だからッ、そーゆーこといちいち口に出すなぁあああッ!!』
『……いや、しかし……』
『とにかくっ、今夜はそこにいてッ!! 私がいいってゆーまで、出て来ないでッ!! もし出て来たら、その時点で婚約解消するからッ!!』
『ええっ!? そんな、ひどいよリア! 私がソファで眠ることになるなら……ベッドは、いったい誰が使うと言うんだい?』
『ベッドは私とシリルで使わせてもらいますッ!! だからギルは、そこのソファで一人で寝てッ!!』
『な――っ!……だ、ダメだッ!! 君とシリルが、ひとつのベッドで眠るだなんて、断じて許さないよッ!?』
『ギルが許すとか許さないとか、そんなのカンケーないもんッ!! 私はシリルと一緒に寝るからッ!!』
『い…っ、一緒に……寝る……? な、何をバカなことを言っているんだ! シリルは男だよ!? 恋人を一人で眠らせて、他の男と共に眠るだなんて……。あり得ない! それは絶対にあり得ないよ!!』
『あーもーっ、うるさいうるさいッ!! 男、男って……シリルはまだ十一歳だって、何度も言ってるじゃないッ!』
『十一だろうがなんだろうが、男は男だ! これも何度も言ったはずだが!?』
『――っ!……じゃあ、シリルを男の子じゃなく、男の人として考え直すとしても。シリルは、誰かさんと違って紳士だもん! ケダモノみたいに襲い掛かって来たりは、絶対絶対しないよッ!!』
『な……! シリルが紳士で、私が獣だって――? そんなことわかるものか! 君は相変わらず、男というものを何もわかっていない!』
『わかってないのはギルの方でしょっ!? それ以上、私の護衛を侮辱したら――たとえあなただって、許さないんだからねッ!?』
『リア!……頼む、ここから出ることを許してくれ! 婚約解消だなんて、質の悪い冗談だ。そうだろう?』
『冗談じゃありません! 私は本気です!……いい、ギル? 今夜は大人しくそこで寝て。もし、一歩でもこの部屋から出ようものなら……そこで即、婚約解消だから。わかった?』
『リア! ダメだ! お願いだから、シリルと同じベッドには――』
『はい! もうこの話は終わり! じゃあね、ギル。明日の朝までさよならっ、おやすみなさいっ!』
『リア――!』
……っとまあ、こんな感じ。
それから私は、シリルがバスルームから出て来るまで、ただひたすら、ベッドの上でうずくまっていたのだった。