第6話 羞恥に震える心
胸元が大きく開いたネグリジェを着ていたことを、すっかり忘れてしまっていた私は。
恥ずかしくて、ベッドでうつぶせになっていたんだけど。
「リア……。すまない。正直に言うと、その……君がその服で現れた瞬間に……少し、見えてしまったんだ……」
頭上で、ギルの申し訳なさそうな声がして、私はギクリとして固まった。
……見えた!?
見えたって……見えたって何がっ!?
見えたって、いったいどこまでっ!?
……ってか、今更そんなこと、正直に言わないでよバカぁあああーーーーーッ!!
ますます顔上げらんなくなるじゃないのよもぉおおおーーーーーッ!!
恥ずかしくて恥ずかしくて、脳内が沸騰しそうだった。
今絶対、私の頭からは湯気が出てる。確実に出てる。間違いなく出てるっ。
……ギルのバカ……。
最初に見えちゃってたんなら、その時にツッコんでよ……。
しばらく経ってから言われたって、恥ずかしさ倍増するだけじゃないのよぉっ!!
もうっ、バカ――。バカバカバカバカっ!
……もー……ヤダ……。
いっそ消えちゃいたい……。
ベッドに突っ伏したまま、涙がにじみそうになるのを、懸命に堪えていた。
この程度のことで泣き出したくなる自分が、情けなくて仕方なかった。
胸を見られたって言ったって、ちゃんと下着を付けてるんだから、そこまでショックを受けることでもないのかも知れない。
しかも、ギルは私の恋人で、婚約者で……ちょっと前までは、そういうことになっても構わないって、一度は覚悟を決めた相手でもあるんだもん。
だから、ほんのちょっと……ちらっと胸元を見られたからって、本来なら、ここまで落ち込むことじゃない。
……うん、きっとそう。そうなんだと思う。
――なのに――。
「え――っ?」
うつ伏せになっている体の上に、何やら軽い物体が被せられた気配がし、私はビクッとして、僅かに顔を浮かせた。
それからゆっくりと顔を左側に向け、それが何であるかを確認する。
「……毛、布?」
柔らかい肌触りの、生成り色した毛布が、私の体を覆い隠すようにして掛けられていて、驚いてギルを見上げた。
「ウォルフが隣室のソファに置いて行った毛布だよ。服の上からまとっているといい。それなら、起き上がって話せるだろう?」
「……ギル……」
私は毛布を両手でつかみ、肩に掛けてから胸の上で重ねると、のろのろと体を起こした。
「ギル……? あの――」
「よかった。そうしていれば、目をそらさずにいられる。こうして、君の可愛い顔を見つめることも……」
彼は手を伸ばし、私の頬にそっと手を当て、にこりと微笑む。
そんな彼の顔を、私は不思議な気持ちで見返した。
「リア?……どうかした?」
ギルが怪訝そうに首をかしげる。
「ううん。ギルでも、こーゆーことしてくれるんだなぁ……って、ちょっと感動したってゆーか、見直したってゆーか……」
「え?……リア、それはどういう意味かな? その言い方では、普段の私が、まるで――」
「うん。いつものギルだったら、まるっきり逆のこと、して来そうなのになぁ……って思って」
「ま……まるっきり、逆……?」
「うん、そう。たとえば……毎度のごとく迫って来るとか、キスして来るとか……絶対、私を困らせるよーなことするんだろうなって思ってたのに。まさか、こんな風に……私の気持ち優先して、気遣ってくれるなんて思わなかった」
「……リ……リア……」
ギルはショックを受けたような顔をして横を向くと、はあ~っと大きなため息をついた。
それからベッドの端に腰掛け、不満げに抗議の声を上げる。
「ひどいな。今の君の言い方では、まるで、私が隙あらば君に迫ったり、キスしたりと――そんなことばかりしているように聞こえるじゃないか」
えっ……。
『してない』とでも言うつもりかしら、この人?
私が呆れて見つめれば、彼はチラリとこちらに視線を投げてから、すぐにそらせて、
「いや、それは……全くの嘘だというつもりはないけれど。……しかし、羞恥に震えている相手に対し、それでも無理矢理迫って行くような、身勝手な男ではないつもりだ」
「…………」
「――なっ、なんだいリア? 何か言いたそうだね?」
無言で見つめ続ける私に、彼は傷付いたというような顔をした。
それで私は、『ちょっといじめすぎちゃったかな?』とすぐさま反省し、謝ろうと口を開いたんだけど。
急に腕を引っ張られたと思ったら、次の瞬間には、彼の懐にすっぽりと収まってしまっていた。
「あくまで君が、私をそういう男だと思っているのなら……いいよ。君が思うような男に、今すぐなってあげよう」
艶っぽい声で耳元でささやかれ、私はゾクリとして身をすくめた。
ほんの一瞬でも、彼に悪いと思ってしまったことを、たちまち後悔する。
やっぱり――!
やっぱり、いっつも結局、こーゆーことになっちゃうんじゃないのぉおおおっ!!
とたんに怖くなって、彼の肩を押しやるけど……。
わかってる。嫌というほど、繰り返して来たパターンだもの。
こうなっちゃったら、彼から逃れる術なんて、あるワケないんだ……。
私は抵抗するのを早々に諦め、体から力を抜いて、彼の胸にもたれ掛かると、大人しく運を天に任せることにした。




