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赤と黒の輪舞曲~【桜咲く国の姫君】続編・ギルフォードルート~  作者: 咲来青
第8章 満月の夜には

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第6話 羞恥に震える心

 胸元が大きく開いたネグリジェを着ていたことを、すっかり忘れてしまっていた私は。

 恥ずかしくて、ベッドでうつぶせになっていたんだけど。


「リア……。すまない。正直に言うと、その……君がその服で現れた瞬間に……少し、見えてしまったんだ……」


 頭上で、ギルの申し訳なさそうな声がして、私はギクリとして固まった。



 ……見えた!?

 見えたって……見えたって何がっ!?

 見えたって、いったいどこまでっ!?


 ……ってか、今更そんなこと、正直に言わないでよバカぁあああーーーーーッ!!

 ますます顔上げらんなくなるじゃないのよもぉおおおーーーーーッ!!



 恥ずかしくて恥ずかしくて、脳内が沸騰しそうだった。

 今絶対、私の頭からは湯気が出てる。確実に出てる。間違いなく出てるっ。



 ……ギルのバカ……。

 最初に見えちゃってたんなら、その時にツッコんでよ……。

 しばらく経ってから言われたって、恥ずかしさ倍増するだけじゃないのよぉっ!!


 もうっ、バカ――。バカバカバカバカっ!



 ……もー……ヤダ……。

 いっそ消えちゃいたい……。



 ベッドに突っ伏したまま、涙がにじみそうになるのを、懸命に堪えていた。

 この程度のことで泣き出したくなる自分が、情けなくて仕方なかった。


 胸を見られたって言ったって、ちゃんと下着を付けてるんだから、そこまでショックを受けることでもないのかも知れない。

 しかも、ギルは私の恋人で、婚約者で……ちょっと前までは、そういうことになっても構わないって、一度は覚悟を決めた相手でもあるんだもん。


 だから、ほんのちょっと……ちらっと胸元を見られたからって、本来なら、ここまで落ち込むことじゃない。

 ……うん、きっとそう。そうなんだと思う。


 ――なのに――。



「え――っ?」


 うつ伏せになっている体の上に、何やら軽い物体が被せられた気配がし、私はビクッとして、僅かに顔を浮かせた。

 それからゆっくりと顔を左側に向け、それが何であるかを確認する。


「……毛、布?」


 柔らかい肌触りの、生成(きな)り色した毛布が、私の体を覆い隠すようにして掛けられていて、驚いてギルを見上げた。


「ウォルフが隣室のソファに置いて行った毛布だよ。服の上からまとっているといい。それなら、起き上がって話せるだろう?」

「……ギル……」


 私は毛布を両手でつかみ、肩に掛けてから胸の上で重ねると、のろのろと体を起こした。


「ギル……? あの――」

「よかった。そうしていれば、目をそらさずにいられる。こうして、君の可愛い顔を見つめることも……」


 彼は手を伸ばし、私の頬にそっと手を当て、にこりと微笑む。

 そんな彼の顔を、私は不思議な気持ちで見返した。


「リア?……どうかした?」


 ギルが怪訝そうに首をかしげる。


「ううん。ギルでも、こーゆーことしてくれるんだなぁ……って、ちょっと感動したってゆーか、見直したってゆーか……」

「え?……リア、それはどういう意味かな? その言い方では、普段の私が、まるで――」

「うん。いつものギルだったら、まるっきり逆のこと、して来そうなのになぁ……って思って」

「ま……まるっきり、逆……?」

「うん、そう。たとえば……毎度のごとく迫って来るとか、キスして来るとか……絶対、私を困らせるよーなことするんだろうなって思ってたのに。まさか、こんな風に……私の気持ち優先して、気遣ってくれるなんて思わなかった」

「……リ……リア……」


 ギルはショックを受けたような顔をして横を向くと、はあ~っと大きなため息をついた。

 それからベッドの端に腰掛け、不満げに抗議の声を上げる。


「ひどいな。今の君の言い方では、まるで、私が隙あらば君に迫ったり、キスしたりと――そんなことばかりしているように聞こえるじゃないか」



 えっ……。

 『してない』とでも言うつもりかしら、この人?



 私が呆れて見つめれば、彼はチラリとこちらに視線を投げてから、すぐにそらせて、


「いや、それは……全くの嘘だというつもりはないけれど。……しかし、羞恥(しゅうち)に震えている相手に対し、それでも無理矢理迫って行くような、身勝手な男ではないつもりだ」

「…………」

「――なっ、なんだいリア? 何か言いたそうだね?」


 無言で見つめ続ける私に、彼は傷付いたというような顔をした。


 それで私は、『ちょっといじめすぎちゃったかな?』とすぐさま反省し、謝ろうと口を開いたんだけど。

 急に腕を引っ張られたと思ったら、次の瞬間には、彼の(ふところ)にすっぽりと収まってしまっていた。


「あくまで君が、私をそういう男だと思っているのなら……いいよ。君が思うような男に、今すぐなってあげよう」


 (つや)っぽい声で耳元でささやかれ、私はゾクリとして身をすくめた。

 ほんの一瞬でも、彼に悪いと思ってしまったことを、たちまち後悔する。



 やっぱり――!

 やっぱり、いっつも結局、こーゆーことになっちゃうんじゃないのぉおおおっ!!



 とたんに怖くなって、彼の肩を押しやるけど……。

 わかってる。嫌というほど、繰り返して来たパターンだもの。

 こうなっちゃったら、彼から逃れる(すべ)なんて、あるワケないんだ……。



 私は抵抗するのを早々に諦め、体から力を抜いて、彼の胸にもたれ掛かると、大人しく運を天に任せることにした。

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