表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/225

第2話 反省はバスルームで

 むすっとした顔でクレープ(?)を口に運び、ベッドの端に腰掛けているギルと、やっぱりむすっとしてクレープを頬張り、もう片方の端に座っている私を、おろおろと交互に見つめながら、シリルはベッドの真ん中で居心地悪そうに縮こまり、もそもそとクレープを食べている。


 余計な心配掛けちゃって、シリルには申し訳ないと思うけど、でも……それもこれもみーんな、ギルがいけないんだからっ!



 ……そーよ。ギルが悪いのよ。

 あんなに何度も言ったのに、シリルの前で……シリルの見てる前で、あんなことするから……。



 その時のことが、バババっと脳内でリプレイされ、たちまち顔がほてり出した私は、その変化に気付かれぬよう、クレープをものすごい勢いで平らげると、二人から顔を背けて立ち上がった。


 足早にチェストの前まで行き、私の着替えらしい一式とタオル(この世界にもタオルは存在する。ちょっと布の肌触りは違うけど。タオルと言うより、手ぬぐいの質感に近いかも)を胸に抱える。

 その足でバスルームに向かう途中、立ち止まってシリルに顔を向け、


「シリル。私、先にシャワー……じゃない。湯浴みして来るから、残りは全部食べちゃっていいからね? 食べ切れなかったら、バスケットの中に入れて、テーブルの脇にでも置いておけば、明日、ウォルフさんが片付けてくれると思うから。食べ終わった後は、ベッドでゆっくり休んでて? じゃあね」


 シリルにだけ告げると、私はあえて、ギルを無視して通りすぎた。

 その時、彼がどんな顔をしてたかは知らない。――でも、たとえ傷付いていたとしても、このくらいのお(きゅう)は据えられて当然だと思う。



 バスルームのドアを開け、中へと進む寸前、


「あ、それから――私がいない間、どこぞの王子様が、なんだかんだ言って来るかも知れないけど、そんなの一切、気にしなくていいからねっ!? あなたの主人は私なんだから! 他の人に何をどう言われようと、構うことないんだからねっ!?」


 ギルに当て付けるように大声で言い放ち、ちょっと乱暴にドアを閉めた。


「な…っ! リアっ、待つんだ! 君は――っ」


 ドアの外で何か言ってる声がしたけど、断固として無視する。



 ……ギルがいけないんだから。

 ギルが……ギルがシリルの前であんなことしなきゃ、私だって……。


 反省して、ちゃんと謝って来るまで、口なんか利いてあげないんだから!



 私は素早くメイド服と下着を脱ぎ、キャップを外すために頭へと手をやった。

 すると、


「……あれ? キャップが……ない?」


 ということに、今更ながら気が付いた。



 ……あれ?

 そー言えば……かなり前から、かぶってなかったような……?


 うぅん?

 私……自分でキャップなんか脱いだっけ?……リボン、解いたっけ?


 ……おかしいな。全然覚えがないんだけど……。



「あっ!……まさか、またギルが――!?」



 そーよ、きっとそーだわっ!

 ――ってか、あの人しか考えられない!


 ……でも、いったいいつ……?

 いくら記憶をたどってみても、どこでどーやって脱がされたんだか、全く見当もつかない。



「あん……っの……エロ大魔王めぇええええッ!!」


 改めて、ギルの恐ろしさとエロさ加減を思い知り、恥辱(ちじょく)に震えた。



 ほんっとにあの人はッ! 油断も隙もありゃしないったら!

 まったく! 一国の王子様ともあろう人が、どーしてあそこまで、いやらしく育っちゃったのかしらっ?


 だいたい、『君を傷付けてしまうくらいなら、いつまでだって待つよ』とかって言ってたけど、あれ……ホントに信じてもいいの?

 私がその気になるまで待つって、口先だけじゃなく、本気で思ってくれてるのかな? 



 ……なんか、めちゃくちゃ不安になって来た……。

 シリルの前だってわかってて、キスなんかして来ちゃう人なんだし……。



 ……そう。

 さっきからずっと、私が怒ってるのはそのことだ。


 シリルを抱き締めていた私を、彼はまたもや、強引に引き離し、


『私の前で他の男に抱きつかないでくれとあんなに頼んだのに、君という人は――! もしや、これはわざとか? 私への当て付けなのか!? だとしたら私だって――!』


 とか言って、強引にキスして来たのだ。


 しかも、軽いキスじゃない。

 すごく濃厚で……い、いやらしいキスを、シリルの前で……っ。シリルが見てるのも構わず、あの人はぁあッ!!


 だから私は、怒りと恥ずかしさでいっぱいになって、つい……。

 ギルが顔を離した瞬間、バチーン! と平手打ちしてしまったのだった。



 ……でっ、でも、あれは絶対絶対、ギルが悪いんだからッ!!

 シリルの前では、そーゆーことしないでって、あれほど言ったのに。全然わかってくれないからっ!


 ……って、あ……。

 そー言えば……私も、ギルのお願い聞いてあげずに、シリルを抱き締めちゃったんだっけ……。



 ……う、うぅっ。

 でもでもっ、抱き締めるのとキスとでは、重みってゆーか、その……な、何か違うよっ!


 ……うん、そう。絶対そうっ!

 だから、ギルが謝って来るまでは放っとくのっ! 放っとくって決めたんだからっ!



 つらつらとそんなことを考えながら、バスタブに湯を張り終わると。

 私は湯船に両足を入れ、ざぶんと一気に体を沈めて、顔の半分まで浸かった。


 そうやって、温かい湯に、ゆったりと心と体を(ゆだ)ねていたら……。

 ものの数分と経たない内に、私は後悔し始めた。(我ながら早ッ!)



 ……べつに、ギルに見せつけるために、シリルを抱き締めたワケじゃない。


 可愛いものや人を見ると、どーしてもテンション上がっちゃって……。

 気が付くと、あんなことしちゃってたり……ってことが、たまーにあるってだけ。


 決してわざとじゃないし、自分としては、どーしよーもないことなんだけど……。



 でも――もしも私が、ギルの立場だったら?

 ギルが、可愛いものや人に極端に弱い人で、目に映る可愛い人やモノに、いちいち反応して、抱き締めたり、頬ずりしたりしてたら……そしてそれが、女の子だったりしたら?

 たとえ、シリルくらいの年齢の女の子だったとしても……私、ヤキモチ焼かずにいられる?



 ……ダメだ。自信ない……。

 やっぱり私も……妬いちゃうかも知れない。



「……むぅぅ。やっぱり、私から謝らなきゃ……かな?」


 つぶやいて、口元に拳を当てたら、視線の先で、指輪がキラリと光った。


 ギルのお母様の、形見の指輪。



 ……そーだよね。

 お母様のことがあってから、ギルは、生涯ただ一人を愛し抜くって、心に誓ったんだ。

 そしてその『生涯愛し抜くただ一人』に、私を選んでくれた。



 だから、か……。

 他に代わりがいないから、私だけに愛情が集中しちゃって、いろいろなことが気になって、やきもきして……。

 それでつい、過剰に反応しちゃうのかな?


 あのヤキモチは、『私には君しかいないのに』ってゆー苛立ちと、焦りと、(いきどお)りと……そして、寂しさとか悲しさの、サインのようなものなのかも……。


 だとしたら、ちょっとくらい……ううん、かなりヤキモチ焼かれたって、大目に見てあげなきゃいけないか……。


 ……そっか。やっぱそーだよね。

 『愛されてる証拠』って思っとけば、腹も立たなくなるかもしれない。

 しょっちゅう浮気を繰り返されたりするよりは、考えてみたら、ずっといいよね……。



「そっかそっか。じゃあ、私も……ケンカしたくなかったら、これからはもうちょっと、自制心(きた)えなきゃね」



 『部屋に戻ったら謝ろう』――早々に思い直し、私はフッと笑みをこぼした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ