第2話 反省はバスルームで
むすっとした顔でクレープ(?)を口に運び、ベッドの端に腰掛けているギルと、やっぱりむすっとしてクレープを頬張り、もう片方の端に座っている私を、おろおろと交互に見つめながら、シリルはベッドの真ん中で居心地悪そうに縮こまり、もそもそとクレープを食べている。
余計な心配掛けちゃって、シリルには申し訳ないと思うけど、でも……それもこれもみーんな、ギルがいけないんだからっ!
……そーよ。ギルが悪いのよ。
あんなに何度も言ったのに、シリルの前で……シリルの見てる前で、あんなことするから……。
その時のことが、バババっと脳内でリプレイされ、たちまち顔がほてり出した私は、その変化に気付かれぬよう、クレープをものすごい勢いで平らげると、二人から顔を背けて立ち上がった。
足早にチェストの前まで行き、私の着替えらしい一式とタオル(この世界にもタオルは存在する。ちょっと布の肌触りは違うけど。タオルと言うより、手ぬぐいの質感に近いかも)を胸に抱える。
その足でバスルームに向かう途中、立ち止まってシリルに顔を向け、
「シリル。私、先にシャワー……じゃない。湯浴みして来るから、残りは全部食べちゃっていいからね? 食べ切れなかったら、バスケットの中に入れて、テーブルの脇にでも置いておけば、明日、ウォルフさんが片付けてくれると思うから。食べ終わった後は、ベッドでゆっくり休んでて? じゃあね」
シリルにだけ告げると、私はあえて、ギルを無視して通りすぎた。
その時、彼がどんな顔をしてたかは知らない。――でも、たとえ傷付いていたとしても、このくらいのお灸は据えられて当然だと思う。
バスルームのドアを開け、中へと進む寸前、
「あ、それから――私がいない間、どこぞの王子様が、なんだかんだ言って来るかも知れないけど、そんなの一切、気にしなくていいからねっ!? あなたの主人は私なんだから! 他の人に何をどう言われようと、構うことないんだからねっ!?」
ギルに当て付けるように大声で言い放ち、ちょっと乱暴にドアを閉めた。
「な…っ! リアっ、待つんだ! 君は――っ」
ドアの外で何か言ってる声がしたけど、断固として無視する。
……ギルがいけないんだから。
ギルが……ギルがシリルの前であんなことしなきゃ、私だって……。
反省して、ちゃんと謝って来るまで、口なんか利いてあげないんだから!
私は素早くメイド服と下着を脱ぎ、キャップを外すために頭へと手をやった。
すると、
「……あれ? キャップが……ない?」
ということに、今更ながら気が付いた。
……あれ?
そー言えば……かなり前から、かぶってなかったような……?
うぅん?
私……自分でキャップなんか脱いだっけ?……リボン、解いたっけ?
……おかしいな。全然覚えがないんだけど……。
「あっ!……まさか、またギルが――!?」
そーよ、きっとそーだわっ!
――ってか、あの人しか考えられない!
……でも、いったいいつ……?
いくら記憶をたどってみても、どこでどーやって脱がされたんだか、全く見当もつかない。
「あん……っの……エロ大魔王めぇええええッ!!」
改めて、ギルの恐ろしさとエロさ加減を思い知り、恥辱に震えた。
ほんっとにあの人はッ! 油断も隙もありゃしないったら!
まったく! 一国の王子様ともあろう人が、どーしてあそこまで、いやらしく育っちゃったのかしらっ?
だいたい、『君を傷付けてしまうくらいなら、いつまでだって待つよ』とかって言ってたけど、あれ……ホントに信じてもいいの?
私がその気になるまで待つって、口先だけじゃなく、本気で思ってくれてるのかな?
……なんか、めちゃくちゃ不安になって来た……。
シリルの前だってわかってて、キスなんかして来ちゃう人なんだし……。
……そう。
さっきからずっと、私が怒ってるのはそのことだ。
シリルを抱き締めていた私を、彼はまたもや、強引に引き離し、
『私の前で他の男に抱きつかないでくれとあんなに頼んだのに、君という人は――! もしや、これはわざとか? 私への当て付けなのか!? だとしたら私だって――!』
とか言って、強引にキスして来たのだ。
しかも、軽いキスじゃない。
すごく濃厚で……い、いやらしいキスを、シリルの前で……っ。シリルが見てるのも構わず、あの人はぁあッ!!
だから私は、怒りと恥ずかしさでいっぱいになって、つい……。
ギルが顔を離した瞬間、バチーン! と平手打ちしてしまったのだった。
……でっ、でも、あれは絶対絶対、ギルが悪いんだからッ!!
シリルの前では、そーゆーことしないでって、あれほど言ったのに。全然わかってくれないからっ!
……って、あ……。
そー言えば……私も、ギルのお願い聞いてあげずに、シリルを抱き締めちゃったんだっけ……。
……う、うぅっ。
でもでもっ、抱き締めるのとキスとでは、重みってゆーか、その……な、何か違うよっ!
……うん、そう。絶対そうっ!
だから、ギルが謝って来るまでは放っとくのっ! 放っとくって決めたんだからっ!
つらつらとそんなことを考えながら、バスタブに湯を張り終わると。
私は湯船に両足を入れ、ざぶんと一気に体を沈めて、顔の半分まで浸かった。
そうやって、温かい湯に、ゆったりと心と体を委ねていたら……。
ものの数分と経たない内に、私は後悔し始めた。(我ながら早ッ!)
……べつに、ギルに見せつけるために、シリルを抱き締めたワケじゃない。
可愛いものや人を見ると、どーしてもテンション上がっちゃって……。
気が付くと、あんなことしちゃってたり……ってことが、たまーにあるってだけ。
決してわざとじゃないし、自分としては、どーしよーもないことなんだけど……。
でも――もしも私が、ギルの立場だったら?
ギルが、可愛いものや人に極端に弱い人で、目に映る可愛い人やモノに、いちいち反応して、抱き締めたり、頬ずりしたりしてたら……そしてそれが、女の子だったりしたら?
たとえ、シリルくらいの年齢の女の子だったとしても……私、ヤキモチ焼かずにいられる?
……ダメだ。自信ない……。
やっぱり私も……妬いちゃうかも知れない。
「……むぅぅ。やっぱり、私から謝らなきゃ……かな?」
つぶやいて、口元に拳を当てたら、視線の先で、指輪がキラリと光った。
ギルのお母様の、形見の指輪。
……そーだよね。
お母様のことがあってから、ギルは、生涯ただ一人を愛し抜くって、心に誓ったんだ。
そしてその『生涯愛し抜くただ一人』に、私を選んでくれた。
だから、か……。
他に代わりがいないから、私だけに愛情が集中しちゃって、いろいろなことが気になって、やきもきして……。
それでつい、過剰に反応しちゃうのかな?
あのヤキモチは、『私には君しかいないのに』ってゆー苛立ちと、焦りと、憤りと……そして、寂しさとか悲しさの、サインのようなものなのかも……。
だとしたら、ちょっとくらい……ううん、かなりヤキモチ焼かれたって、大目に見てあげなきゃいけないか……。
……そっか。やっぱそーだよね。
『愛されてる証拠』って思っとけば、腹も立たなくなるかもしれない。
しょっちゅう浮気を繰り返されたりするよりは、考えてみたら、ずっといいよね……。
「そっかそっか。じゃあ、私も……ケンカしたくなかったら、これからはもうちょっと、自制心鍛えなきゃね」
『部屋に戻ったら謝ろう』――早々に思い直し、私はフッと笑みをこぼした。