第1話 『可愛い』には抗えない!
ギルは『もう少しいいだろう?』なんて言って、しばらく子供みたいにぐずってたけど、一度気になってしまったら、もうのんきにイチャついてなんかいられない。
引き留める彼の手を振り切り、内鍵を外してドアを勢いよく開け放つと、私はシリルの元へと駆け寄った。
「ご、ごめんねシリル! 長い間放っといて……。えっと、お腹空いてない? そろそろ夕食にする?」
今の今まで忘れていた後ろめたさもあって、私は取り繕うような笑みを浮かべつつ、シリルの機嫌を取りに行く。
「い、いえっ。どうか、お気になさらないでくださいっ。僕っ、あ……。わ、私のことなんて、いくらでも放っておいてくださって構いませんっ、から――えっと、あのぅ……。それよりも、姫様……?」
「うん? なあに、シリル?」
「……はい。あの……ギ、ギルフォード様とは、その……な、仲直り……出来ました、か?」
「え?……仲直り?」
「は、はい。……だって、僕のせいで……さっき、あの……ケンカなさってた、でしょう? だから、えっと……僕、心配で……」
「シリル……」
あまりのいじらしさに、キュンとしてしまった。
シリルってば……シリルってばっ。
ケンカって言ったって、あんなのギルが勝手にヤキモチ焼いてただけで、シリルには何の責任もないのに。
なのに、こんなに気にしてくれてたなんて……。
ああもうっ、シリルったらっ、シリルったらぁあああ~~~っ!
「ありがとうっ、シリル! 心配してくれてっ」
どーにもこーにも辛抱堪らず、ぎゅむむむむっと彼を抱き締める。
「ひっ!……ひひっ、姫っ、様っ?」
「リアぁあーーーーーッ!?」
ギルが、まるで悲鳴みたいに私の名前を呼んでるのが聞こえたけど、そんなことも意に介さず、私はシリルを抱き締めたまま頬ずりした。
だってもう……可愛すぎるっ!
これが抱き締めずにいられますかっ!?――って話じゃないのよもうまったくっ!!
「リアっ、いい加減にしてくれ! 何故君は、私の気持ちを逆撫でするようなことばかりするんだっ!?」
かなり強引にシリルから体を引き離され、後ろから両手首をつかまれて、不満をぶつけられたけど。
私は骨抜きのへにゃへにゃ状態から、なかなか戻って来られず、
「え~~? だってぇ~~。めちゃめちゃ可愛いんだもん、シリルってばぁ~~~。もぅもぅっ、ズルイよぉ~~~。反則級に愛くるしいんだからぁ~~~」
へらへら笑って、そんなことを口走っていた。
「……リ……リア……」
ギルはそんな私の様子に絶句し、しばらく手首をつかんだままの状態で呆然としていたんだけど――息をのむ音がしたと思ったら、再び口を開いた。
「か、可愛いと思えば……君は誰彼構わず抱きつくのか? 他に誰が見ていようが一切気にせず、抱き締めるって言うのかい?」
「ん~~~?……ん~~~……うん。そーかもぉ~~~」
「な…っ!」
またもや絶句し、手首をつかんでいる両手がワナワナと震え出す。
「だってやっぱりぃ~~、『可愛い』は絶対だよぉ~~~。こぉ~~~んなに可愛い子を抱き締めずに、いったい誰を抱き締めるってゆーのぉ?」
……ダメだ。
へにゃんへにゃんが止められない……。
「わ、私を抱き締めればいいじゃないか! 君の恋人は私だ! そうだろう?」
頭上から降って来る声に、無意識に首をかしげてしまう。
「ん~~~?……うん。でもぉ……それとこれとは、また違う話だからぁ~……」
ああもう、へらへらへらへら……笑いが全然止まらないよぅっ。
「リアっ!」
ギルは聞いていられないという風に、私を振り向かせ、ガッシリと両肩をつかんだ。
「君は私だけを見て、私だけを想い、私だけを抱き締めていればいいんだ! 可愛いだろうと何だろうと、私の前で他の男に抱きつくなど、今後一切しないでくれ!……ね? 頼むからっ!」
「えぇえーーーッ!?……なにそれ? ヤダよそんなの。私にとって『可愛い』は『絶対』だし『正義』だもん。可愛いと思ったら、私の好きなように行動する。それはもう誰にも止められないし、止める権利もないよ。――たとえギルであろうと」
キッパリ拒否すると、彼は今度こそ、言葉もなく固まった。
私はそんな彼の手を、ひょいひょいと肩からどけると、シリルの方を振り向いてにっこり笑う。
「ごめんね、シリル。いつもいつも驚かせちゃって。この際、メンドクサイ人は放っといて、夕食にしちゃおっか?」
「……えっ? あ、いえ……でもあのっ。ギルフォード様……は?」
おどおどと不安そうに見上げるシリルは、その瞳や仕草が小動物みたいに愛らしくて、庇護欲を猛烈に掻き立てる。
私は抱き締めたい衝動を必死に抑え込み、
「ああ、ギルなんて放っといても大丈夫。お腹が空けば、自分から仲間に加わりに来るから」
なんて言って、テーブルまで歩いて行き、ウォルフさんが用意してくれた、軽食の入ったバスケットを抱えると。
ベッドまで運んで、シリルの前にかざした。
「ほーら、これ。ウォルフさんが用意して、置いといてくれたんだよ。さってと、何が入ってるのかなー? 彼が作ってくれるものはみーんな美味しいから、ワクワクしちゃうね~」
ニマニマしながらバスケットの中を覗くと、予想外のものが目に飛び込んで来て、一瞬固まった。
「姫……様……?」
シリルの声は耳に入ってはいたけど、反応出来なかった。
それくらい、中に入っていたものは、私にとって衝撃だったのだ。
こ……れは……。
これは、私の好物十指に入るであろうクレープっ!
クレープじゃないですかッ!!
……あ、いや……。
これが、果たして『クレープ』って呼ばれるものなのかどうかは知らない。
でも、見た目はどっからどー見ても『クレープ』そのものだった。
『十指に入る程度じゃ好物とは言えないんじゃないの、せめて五指までには入らなきゃ?』
とかって思われちゃうかも知れないけど、そんなことはありませんっ!!
私には、それだけ大好きな食べ物が、たーーーっくさんあるとゆーことですっ!!
「シ……シリル……。これね、この食べ物ね。私の大好物なの。だからね、今……今、私……これでもかってゆーくらい、喜びを噛み締めてるのっ!」
ホント、この世界でもクレープが食べられるだなんて、これっぽっちも思ってなかった。
……ありがとう、ウォルフさん!
あなたってゆー人は……どこまで私を感動させれば気が済むんでしょーかっ!?
「姫様の、大好物……? わあ……よかったですねぇ。姫様が嬉しいと、なんだか僕も嬉しいです」
ちょっと反応が過剰すぎるんじゃないかって、引かれるのも覚悟してたけど。
シリルはそんな様子など微塵も感じさせず、天使の微笑みで答えてくれた。
その神々しいまでの可憐さに、
「シ……っ、シリルぅうううーーーーーッ!!」
堪え切れずに、またぎゅむむむむむっと抱き締めたとたん、
「リっ、リアぁあああーーーーーーーッ!!」
ギルの絶叫が部屋中に響き渡った。