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第17話 蘇る罪悪感

 しばらくの間、私はギルの腕に包まれたまま、目を閉じてじっとしていた。

 優しく頭を撫でてくれている彼の手が、大きくて、温かくて……すごく安心出来たし、キスの余韻(よいん)も心地よくて……。


 こんな時におかしな気もするけど、幼い頃にお父さんに抱っこしてもらったこと、思い出しちゃった。


 幼い頃――今思えば、向こうの世界に飛ばされて、間もない頃のことだった。

 毎日同じ夢を見て(神様がずっと呼んでたせいで見た夢だって、後でわかったけど)、得体の知れない不安を抱えてた私を心配して、よくこうやって、抱っこしながら、頭撫でてくれたんだよね。



 お父さん……お母さんも、元気にしてるかな?

 桜さんも、今頃は向こうの世界で――……。



「あ……。そっか、桜さんは……」

「え?……リア? サクラがどうしたって?」


 私のつぶやきに反応して、ギルが不思議そうに問い掛ける。


「う、ううんっ。なんでもない」


 慌てて首を振ったけど、一度蘇って来てしまった罪悪感は、そう簡単には消えてくれなかった。



 ――罪悪感――。


 桜さんのことを想うたび、胸に重く()し掛かる、拭い切れない感情。



 私と違って、桜さんはずっと、この世界で孤独だった。

 お父様には距離を置かれて、ずっと慕っていたギルにも、婚約を解消されそうになって、傷付いて……。


 だから彼女は、とうとう耐えられなくなって……神様に『元の世界に帰りたい』って、願ったんだよね。



 ……なのに、彼女が好きだった人と、私は今、こんなにも幸せで……。



 私という存在を、もしも桜さんが知ったら。

 ギルと恋人同士になってる私のことを、もしも知ってしまったら、どう思うんだろう?


 ――私を憎むだろうか? 許せないって思うだろうか?


 そこまでは思わないとしても……やっぱり、『どうして私だけが、あんな孤独を抱えなきゃいけなかったの?』って、思わずにはいられないんじゃ……。



「リア、大丈夫かい? 顔色が悪いよ。何か、嫌なことでも思い出してしまった――?」


 心配そうに覗き込む彼の顔を見て、私は慌てて首を横に振った。


「ううんっ、大丈夫! ホントになんでもないから、心配しないで?」

「しかし――」

「ホントのホントにだいじょーぶだってば!……ねっ? そんな不安そうな顔しないで――」


 彼は私の頬に手を当てると、穏やかな声色で、諭すように語り掛けた。


「ダメだよ。君は嘘が下手なんだから。そんな言葉だけでごまかせると思っているのだとしたら……それは少しばかり、私を見くびりすぎている」

「……そんな、ごまかそうだなんて……。ただ、なんて言っていいのか……」



 自分の気持ちを、うまく話せる自信がない。

 それに、私が『桜さんに罪悪感を抱いてる』なんて言ったら、彼女の気持ちに(こた)えられなかったギルだって、穏やかではいられなくなるだろうし……。



「サクラのことを気にしているんだろう?……隠さなくていいよ。彼女のことを考えると、私も時折、胸がふさぐからね」

「えっ?……ギルも?」

「それはそうだよ。彼女のことを一番傷付けてしまったのは、この私だろうから……」


 辛そうに微笑むと、彼はもう一度、私を強く抱き締めた。


「だが、君が罪の意識を感じることはない。君は、好きで向こうの世界へ飛ばされた訳ではないのだし、記憶を失ったことだって、不幸な事故にすぎない。君には一切、責任なんてないんだ。周りの人達に恵まれ、大切にされて来たのだって、君自身の魅力の賜物(たまもの)だよ。サクラに対して悪いと思わなければならないようなことは、君には、断じてないんだ」


「……でも、私は……サクラさんが好きだった人と、こうして今、幸せで……」


「そんなことを申し訳なく思っているのだとしたら、それこそバカげているよ! 君の幸せは、君だけのものだ。他の誰にも、文句を言われる筋合いなどない。そうだろう?」

「…………」


 私が黙っていると、ギルは小さくため息をついて、


「リア。君がサクラに同情するのはわかる。自分だけが幸せになっていいのかと、どうしても考えてしまう気持ちも、理解出来る。けれど、勘違いしてはいけないよ。君がいくら悩もうと、申し訳なく思おうと、その想いがサクラに届き、何かに影響を及ぼす――そんな可能性など、ひとつもないんだ」


「ひとつも……ない?」


「そう。ないんだ。厳しいことを言うかも知れないが、これは真実だ。君には何も出来ない。サクラの問題は、サクラだけが解決出来ることだ。他人がとやかく言えるものでも、干渉(かんしょう)出来るものでもない。全てサクラが、自らの力で乗り越えて行かなければいけないことなんだ。……リア。君がそうやって悩むことで、同情することで、彼女の未来が明るいものになるというのなら、私は止めはしないよ。気の済むまで悩めばいい。好きなだけ同情すればいい」


「……ギル……」


「だが、違うだろう? そうじゃない。君がどんなに悩もうと、彼女は幸せにはなれないし、君の同情心が、彼女を救うことだってない。その想いが、あちらの世界に届くこともないんだ。――だったら! 君がそうして悩み続けることに、何の意味がある?……リア、君は幸せになっていいんだ。いや、彼女が本来得るはずだった愛情を、自分が全て奪ってしまったと思っているのだとしたら、尚更――! 尚更君は、幸せにならなければいけない。彼女が受けるべき愛情を一身に受けて生きて来たのであれば、それらの愛情を裏切るような生き方は、決してしてはいけないんだ。……わかるね?」


 厳しい調子で語り続けていた彼の表情が、最後になって和らいだ。

 その顔を見たら、なんだかすごくホッとしてしまって……胸が熱くなって来て、私は素直にうなずいた。



 ……そうだよね。私がうじうじ考えてたって、何かを変えられるワケじゃない。

 桜さんの人生は桜さんのもので……彼女にしか、変えて行けないものなんだから。

 今更、私がどうあがいたって、干渉なんて出来っこないんだから。


 だったら後は――桜さんの幸せは、向こうの世界の、大切な人達に(たく)そう。

 お父さん、お母さん……そして晃人。

 みんながいれば、きっと大丈夫。絶対幸せでいられる。


 彼女が咲くべき場所は、ここじゃなかった。

 たぶん、それだけのことなんだ。


 だって向こうの世界こそが、彼女が本来、いるべき世界だったんだから……。


 だからきっと、向こうでなら、桜さんは幸せになれる。――ううん。幸せになれないワケがない。

 ……そう信じよう。



「わかった。もう、うじうじ悩んだりしない。私はここで、この世界で、みんなと――そしてギルと、幸せになる」


 晴れ晴れとした気持ちでそう告げると、ギルは優しく微笑み、


「……よく出来ました」


 小さくつぶやいて、学校の先生が生徒にするように、頭を撫で撫でしてくれる。

 その仕草に、『もう。また子供扱いして……』なんて、ちょっとムッとしちゃったりしたけど、今回だけは、大目に見てあげることにした。


「リア……」


 ささやくように名を呼び、彼が優しいキスをくれる。

 再び見つめ合い、唇が触れ合う、その瞬間。


「あ…っ!」


 脳裏にシリルの顔が浮かび、私は慌てて、彼の体を押しやった。

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