第13話 万能執事と満月
ウォルフさんは、着替えをチェストの上に、夕食をテーブルの上に置くと、
「それでは、私はこれにて失礼致します。お着替えはシリル様の分も用意してございますが、お体に合わない可能性がございます。なにぶん急なことでしたので、至らない点が多く申し訳ございません。ご夕食も軽食となってしまいました。三人分ともなると、量にご不満を感じられることもあるかとは存じますが、どうかお許しください。明日はもう少々、ご満足いただけるものをご提供出来ますよう、努力致します」
深々と頭を下げ、またゆっくりと体を起こしてから、私達を見回した。
「そんな、ウォルフさんはよくやってくれてるよ。シリルも目を覚まして、これからますます、食事とかいろいろな面で迷惑掛けちゃうと思うけど……あの、ウォルフさん。あまり無理しない程度に、引き続きご協力お願いしますっ」
私がお辞儀をしたのを見て、シリルも慌てて頭を下げた。
「――す、すみませんっ。よ、よろしくお願いしますっ」
ウォルフさんはゆるゆると首を横に振り、
「おやめください、リナリア様。シリル様も。私は執事として、ギルフォード様の従者として、出来得る限りのことをさせていただいているだけでございます。ですのでどうか、そのように頭を下げるなど……」
「あ!……そっか。『一国の王女が、たやすく頭を下げたりしてはいけない』」
昨日ウォルフさんに言われたことを思い出し、慌てて体を起こした。
「はい。覚えていてくださったのですね、リナリア様」
「あ、あはは……。まあ……うん――」
……なーんて。
たった今思い出したんだけどね……。
「あっ、そーだウォルフさん! 急がないと日が沈んじゃうよ? 部屋に籠らなきゃいけないんでしょ?」
窓の外に目をやると、大きな夕陽が目に入り――今まさに、遠くの山の端に沈んで行こうとしているところだった。
「はい。その通りでございます。――それではリナリア様、シリル様――そしてギルフォード様。私は下がらせていただきますが、今宵は何事もなきよう祈っております。ですが、もし……もしも、万が一の事態となりましたら、遠慮なくお呼びください。すぐに駆けつけて参ります」
「えっ? でも……部屋から出ちゃいけないんじゃないの?」
「……そこはどうにか致します。これはあくまでも、万が一の事態の折には――でございますので」
「ああ、そっか。じゃあ、万が一の時には呼んじゃうかも……ってことで、いいんだよね?」
「はい、構いません。それでは、失礼致――」
「待て、ウォルフ! シリルはこのまま、この部屋に残して行くつもりなのか?」
それまで黙って話を聞いていたギルが、急に横槍を入れて来た。
『ん?』と思った私は、何気なく彼を振り返った。
「はい。今宵だけは、そのようにさせていただいた方がよろしいかと……」
「しかし、シリルは男だぞ? 女であるなら話はわかるが、男のシリルをここに置かなければならぬ理由など――っ」
「我が君!」
珍しく大声で、ウォルフさんがギルを制した。
「リナリア様のご前で、そのお話は――」
「あ、ああ……そうだったな。すまない」
ギルは口元を押さえて謝ると、ウォルフさんの側まで行き、二人だけで、なにやら小声で話し始めた。
むぅ~……。
なーんか、やな感じ。
……そりゃあ、ウォルフさんの内緒の話なんだから、仕方ないけど。
でも、あからさまにこそこそされるのは、やっぱりいい気はしないもん。
……ウォルフさんと満月、か……。
私、そのキーワードでなんだか……わかったような気がするんだよね。
満月の夜に、狼男は狼に変身する……って、あれ? 狼が、狼男に変身するんだっけ? それとも、人間が狼男に変身するんだっけ?
……あれ?
人間が狼に――だっけ?
……え~っと……。
ま、まあいっか。とにかく、変身するんだよね?
だから、もしかしてもしかすると、ウォルフさんは……。
狼!
そーだよ、狼だ!
『神の恩恵を受けし者』になる前の本来の姿――狼の姿に戻るんじゃないのかな?
だから、あまり人を寄せ付けちゃいけない。野性の姿に戻るんだから、何かあったらいけないってことで、部屋に籠るんじゃないかな?
……うん、きっとそーだ! そーに違いない!
根拠のない自信であるにもかかわらず、何故か私は、確信にも似た気持ちを抱いていた。それしかないと思った。
だから私は、心の底から願ったんだ。
今日は諦めるとしても、いつかきっと――その姿が拝めますように!!
……だって、狼の姿に戻ったウォルフさんなんて、絶対、すっごくカッコいいに決まってる!
見たいよ! ギュッてして、毛並みをさわさわしてみたいよ!
野性の狼と出会えるチャンスなんて、あのまま日本にいたら、きっと一生巡って来なかっただろうし。
ああ…っ、見たいッ!!
めっちゃ見たいよぉーーーーーッ!!
そうやって一人で盛り上がってると、
「わかった。……仕方ない。今夜だけは、シリルはこちらで預かろう」
大きなため息をついた後、ギルがそうつぶやくのが聞こえた。
「申し訳ございませんが、よろしくお願い致します。隣の部屋のソファに掛布と枕を用意しておきましたので、どなたかお一人は、そちらでご就寝くださいますよう――」
「ああ、そうしよう。一晩くらいなら、なんとかなるだろう」
「……はい。それでは、失礼させていただきます」
私達に向かって一礼し、ウォルフさんは部屋を出て行った。