第12話 ヤキモチ焼きの王子
シリルが目覚めたことが嬉しくて、私は思わず彼を抱き締め、体を張って守ってくれたお礼を言って、頰にチュッとキスをした。
すると、
「リアっ!」
ギルが慌てて寄って来て、強引に私をシリルから引き離す。
「いくら感謝しているからって、恋人の前で他の男にキスするなんて――! ひどい! 君はひどすぎる! 何故、そうやっていつもいつも、私の心をいちいち掻き乱すようなことをするんだっ?」
真っ赤になって責めるギルを、私はぽかんと見つめた。
「……か、掻き乱す、って……。ちょ、ちょこっと、お礼のキスをほっぺたにしたくらいで、そこまでムキにならなくても……」
「頬だろうとどこだろうと関係ない! 君は私の目の前で、他の男にキスをした! まるで見せつけるように! 怒る理由なんて、それで充分だ!」
「ほ……他の男、って……。シリルはまだ、十一歳だよ? 小さな男の子だよ?」
「年齢など関係ない! それに、十一にもなれば、もう子供とは言えないよ! 現に私は――っ」
「……現に……私は……?」
ハッとしたように目を見張ると、ギルは更に赤くなって、慌てて私から目をそらした。
「……ギル?……『現に私は』……なに?」
その先が気になって問い掛けると、彼はたちまち困窮したように目をつむった。
「い、いや……。な、なんでもないよ。私は何も……言っていない」
「嘘っ! 私、ちゃんと聞こえたもん! 今確かに、『現に私は』って言った!」
「……いや……。言って……いない。それは君の、聞き間違いだよ」
「な――っ!……ギルっ?」
なにを……白々しく嘘なんかついちゃってるんだろ、この人……?
絶対言ったのに……。
聞き間違いなんかであるワケないくらいハッキリと、この耳で聞いたのに……。
「どーしてっ!? なんでそんな、わざとらしい嘘つくのっ!?」
「いや、だから――」
「ひどいよギル! 私にはいっつも、『そーやってはぐらかすの?』なーんて言って責めるクセに! 自分なら何やってもいいってゆーのっ?」
「そうは言っていないよ。私は、ただ……」
「ただ――なによっ? 何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいじゃない! ごまかしたりはぐらかしたりなんかしないでっ!」
「リア……。お願いだ。落ち着いて――」
「落ち着いてるよ! 私は落ち着いてる! 落ち着いた上で訊いてるの! いったい何が言いたいの?――って!」
「だから、私は――」
「お取り込み中のところ申し訳ございません。夕食とお着替えをお持ち致しました」
「なによっ、夕食っ!? 今取り込み中なんだから、後にしっ――て……」
「申し訳ございませんが、後と申されましても、私にはもう時間が……。とりあえず、お着替えだけでもお受け取り願えませんでしょうか?」
ギョッとして振り向くと、そこにはやっぱりウォルフさんがいて――着替えらしきものを両手に抱え、涼しい顔で控えていた。
「ウォ――っ、ウォルフさ――っ?……っち、違うのっ、これはっ!……ギルがあんまり、子供みたいな怒り方するから、つい、カッとなっちゃって……」
焦って取り繕おうとする私に、『わかっております』とでも言うように小さくうなずいてみせると、ウォルフさんはシリルの方をちらりと見てから、
「私のことは、どうぞお構いなく。ですが……先ほどから、シリル様が大変お困りのご様子でしたので……差し出がましいとは存じましたが、間に入らせていただきました」
名前を出されて、一瞬ビクッと肩を揺らしたシリルは、掛布の端を持ち上げ、顔の下を隠すようにして縮こまった。
「あ……。ごっ、ごめんねシリル。ちょっと興奮しちゃって……。驚かせちゃったよね。ホントにごめんね?」
シリルは首をふるふる振ると、
「い、いえ……。僕っ――わ、私の方こそ、あの……お二人のジャマ、しちゃったみたい……で……。も……申し訳……ございませ……」
どんどん声が小さくなって行き、最後の方はほとんど聞き取れなかったけど、
「そ――っ!……そんなことっ、気にする必要全然ないからっ!……わ、私達はべつにっ、そんな……なっ、何かしよーとしてた、とか……そ、そーゆーんじゃないしっ!――ねっ、気にしないで? ううん、気にしちゃダメっ!」
――もぉっ、ギルのバカっ!!
だから言ったのにぃ~~~!
シリルの前で変なことしないでって、ちゃんと言ったのにっ!
バカバカっ!
お陰で、こんな小さな子に、余計な気を遣わせちゃったじゃないのぉおお~~~~~ッ!!
恥ずかしいやら情けないやらで、なんだか泣き出したい気分になり……。
そんな気持ちをごまかす意味も込めて、私はギロリとギルを睨みつけた。