第10話 湯浴みの後は
「――ふゃ…っ!?」
前のめりに倒れ込み、驚いて体を起こすと、そこはまた、ギルのベッドの上で……シリルが穏やかな顔で、すやすやと眠っていた。
「……ぇえ!?……どっ、どーゆーこと――!?」
セバスチャン、どこ行っちゃったの!?
私の部屋は!? ベッドは!?
どこ消えちゃったの!?
……それとも、さっきまでのは、全部、夢……?
夢……だったのかな?
シリルを見てるうちに、いつの間にか眠っちゃってて、それで……。
セバスチャンの出て来る夢を見てた――ってこと?
それにしては……夢って考えるには、あまりにもリアルな、セバスチャンのあの感触……。
夢? ホントに夢だったの?
呆然とベッドに座り込む私の耳に、
「リア!……よかった。シリルも無事見つかったんだね。何事もなくて安心したよ」
ホッとしたような、愛しい人の声が響いた。
「……ギル……」
ゆっくりと声のした方へ顔を向けると、ギルはガウンとゆーか、バスローブみたいなものを着て、スリッパっぽいものを履いて、こちらへ向かって来るところだった。
その初めて見る格好が、すごく新鮮で……思わず、しげしげと眺めてしまう。
「……リア? どうかしたのかい、ぼうっとして……?」
片手を顎に当て、顔を上向かされた拍子に、我に返る。
「……あ……。う、ううんっ。あの……ギルのそんな姿、初めて見るから。珍しいなって思って、ちょっと……ボーッと見入っちゃった」
「そんな姿?……ああ、この格好のことか。湯浴みの後だからね。寝る前は、いつもこんな感じだよ」
「……そっか。私はそんなの着たことないから……なんか、驚いちゃって」
「そうなの? では、君は……湯浴みが済んだら、何を着ているんだい?」
「何って……体を拭いたら、寝間着ってゆーか……えっと、ネグリジェ?……を着るけど」
「ネグリジェ? それはどんな服?」
「……んー……。どんなって言われても……。えーっと、そーだなぁ……なんか、長くてすとーんってした、ワンピースみたいな服」
「『長くてすとーん』?……フッ。やはり君は面白い。本当に飽きない人だ」
ギルは私の頬に軽くキスすると、ふわりと微笑んだ。
……何をそんなに面白がられたのか、イマイチわからないんですけど……。
もしかして、またバカにされてるのかな?
訊いてみようと口を開けたとたん、先に話を振られてしまった。
「それより、ウォルフはどうしたんだい? 夕食でも取りに行っているのか?」
「――え? あ、うん。後でまた、夕食と着替えを届けに来てくれるって」
「そうか。日が落ちるまで、もう、あまり時間もないしな……」
そう言って窓の外に目をやるギルに、つられて視線を移す。
確かに、遠くの山の少し上方に、太陽(ここでも太陽は太陽みたい)が見えた。
「満月の夜、かぁ……」
ホントに、何があるってゆーんだろ?
訊きたくて訊きたくて、ウズウズしちゃうんだけど。
――満月。
ウォルフさんと、満月……。
……ん?
ウォルフさん……と、満月……?
「あッ! もしかして……!?」
満月と言えば、『狼男』!?
ウォルフさんと言えば、顔の見た目は、もろ狼だし!
……ってことは、もしかしてもしかすると……。
「リア? どうしたんだい、いきなり大きな声を出して?」
怪訝そうに見下ろすギルに、ふるふると首を振ってみせる。
「な、なんでもないなんでもないっ! こっちのことだから、気にしないでっ?」
「……そう言われると、よけい気になってしまうな。――ねえ、リア? 今君は……何を考えた?」
またしても、顎を片手でつかまれ、上向かされ……もう片方の手を肩に置かれて、耳元で艶っぽくささやかれた。
……どーしてこう……全然色気出す必要ないとこでも、いちいち色気出して来るんだ、この人は……?
呆れながらも、顔が熱くなって来ちゃう、私も私だとは思うけどっ。
「もぉっ! ホントになんでもないってば!……あっ。それより、聞いて聞いて! 私ね、さっきね、一瞬だけ、ザックスに戻ってたんだよっ?」
興味を他に向ける目的もあったけど。
私は、今しがた経験した不思議な出来事を話して聞かせるため、まっすぐに彼を見返した。