第9話 一瞬だけの……
「ピヒャッ!?……ひ……ひひひ――っ、姫様ッ!?」
「……ほぇ?」
聞き覚えのあるその声に、姿に、釘付けになった私は、口をぽかんと開けて固まった。
「……セ――っ、セバスチャンっ!?」
……セバスチャンだ。目の前に、セバスチャンがいる……。
え……嘘、なんで?
なんでここに、セバスチャンがいるの?
昼前に、無事城に戻ってるって話を、聞いたばかりなのに……。
なんでもう、ここにいるのよ?
……飛んで来たの?
いやいや。飛んで来たとしても、セバスチャンのあの肥満体じゃ、歩いた方が早いくらいだろうし……そんなの絶対あり得ない。
――ええっ?……じゃあ、なんで?
なんで今ここに、セバスチャンがいるのぉーーーーーッ!?
「姫様っ! いつの間に城に戻られたのでございますかっ? 昨夜遅く、ルドウィンより書状が届き、返書を送ったばかりでございますのに……」
私と同じくらい、セバスチャンも驚いてるみたい。
まん丸な目を、更に大きく見開いて――信じられないっていう風に、私をじーっと見つめてる。
「……え?……『いつの間に戻って』……?」
改めて辺りを見回すと、そこはギルの部屋ではなく……ザックスの城の、自分の部屋だった。
慌ててベッドを振り返っても、シリルはいなくて……見慣れた私のベッドがあるだけで……。
「……えぇええーーーッ!? なっ、なぁんでぇええええーーーーーッ!?」
絶叫する私に、セバスチャンはオロオロと、
「ひっ、姫様っ。ご無事で何よりでございますが、あの……どのようにして、この部屋へお戻りになられたのでございます? またしても、神様のお力でございますか?」
などと訊いて来て、ますます混乱してしまう。
「かっ、神様っ?……神様の、力……なのかな、これって?……でも、神様はもう……桜さんのところへ行っちゃったはずだし……。力弱まってるって言ってたから、こっちの世界にまで影響及ぼすような力は、もう、使えないと思うんだけど……」
――でも、じゃないと説明がつかない。
どーして、またいきなり、ルドウィンからザックスへと、飛ばされて来ちゃったのか……。
「……ま、まあ、なんにせよ、ご無事戻られまして、ようございました。森の中で、突然、目の前から姫様のお姿が消えてしまわれた時は、この爺、国王陛下に死んでお詫びせねばならぬと、覚悟したほどでございましたが……。誠に、よくご無事でお戻りに……」
うるうると瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうなセバスチャンだったけど、
「……はて? シリルはご一緒ではございませんので? あの者はまだ、ルドウィンでお世話になっておるのですかな?」
首を右に左に、交互にかしげてみせる。
「あっ! そーよ、シリルはっ?」
シリルを置いて、私だけこっちに飛んで来ちゃったの!?
……ってゆーか、私を飛ばしたのは――ホントにいったい、誰なのよッ!?
「……ヤダ。どーしよー……。私、何にも言わずにこっち来ちゃって……。ギルにもウォルフさんにも、挨拶もしてないのに……」
「でしたら、また後ほど、書状をお送りすればよろしいではございませんか。私の部下に預けましたら、着くのに半日も掛かりませんぞ?」
「……でも……。私まだ、ギルを狙ってる犯人、見つけてないし」
「――は? ギルフォード様が、いかがなさいましたと?……犯人、とは……?」
不思議そうに首をかしげるセバスチャンに、私は焦って、
「う、ううんっ! なんでもないっ! なんでもないから、今の忘れてっ?」
「……は、はあ……。しかし、姫様――」
「ホントのホントに、なんでもないんだってば! いーからもう、黙ってて!」
セバスチャンが悪いワケでもないのに、つい、口調がキツくなってしまう。
彼が相手だと、どーも私……安心しきっちゃってるからなのか、思いやりに欠けちゃうなぁ。
……うん。
反省しよう……。
「ご、ごめんねセバスチャン。いろいろと、その……あっちでも問題――ってゆーか、気軽に話せない事情……とかもあって、それで……」
しどろもどろで弁解する私に、彼はこっくりとうなずく。
「よろしいのです、姫様。無理にお話せずとも、このセバスティアン――多少の事情は察しております。このような老いぼれのことなど、どうかお気になさいますな」
「……セバスチャン……」
なんだか、急に胸が熱くなって来て、衝動的にセバスチャンに抱きついた。
「ピョっ? ひ、姫様――っ?」
「……あー……。やっぱりあったかい。……あったかくて、ふわふわで、もふもふで……すっごく気持ちいい……」
懐かしい、この感触……。
ずーっとこうしていたいような……ホッとする場所。
……でも、今はまだ……ここに戻って来る時じゃない。
私はギルを守りたい。
それに、ここに戻るなら、シリルも一緒じゃないとダメ。
まだダメ! ここにはいられない!
私はルドウィンに……ギルのところへ戻らなきゃ――!!