第7話 お母様の話
「お見受けしたところ、フレデリック様は、自棄状態から脱却なされたようですね。どのような魔法をお使いになられたのですか、リナリア様?」
廊下を並んで歩いていると、唐突にウォルフさんからそんなことを言われてしまって、きょとんとした。
「へっ? 魔法?……って……なんのこと?」
「あのような短時間で、かなり落ち込んでおられたフレデリック様のお心を、たちまちに晴らして差し上げてしまうとは……魔法をお使いになられたとしか思えない早技です。このウォルフ、心より感服致しました。さすがでございますね、リナリア様」
「か、感服って……。そんな、大袈裟だよ。それに私、大したことはしてないし……」
なんだか、やたらと持ち上げられてしまって、照れるとゆーより、妙にムズムズして、居心地が悪い。
「そのようにご謙遜なさらずとも。――やはり、あなた様には、不思議な能力がそなわっておられるのですよ。お母上のお血筋なのでしょうか」
「……え? お母上、って……それ、どーゆー意味?」
お父様なら、まだわかるけど……。
不思議な力……って、お母様にもそなわってたの?
「リナリア様のお母上は、ザックスから遠く離れた、異国の姫君であらせられましたが――同時に、巫女のような役割をも担われたお方だったと、聞き及んでおります。リナリア様は、クロヴィス様よりお聞きになられたことはございませんか?」
巫女ぉ――!?
な、なにそれっ、めっちゃ初耳なんですけどっ?
「ううん! そんな話、今までちっとも聞いたことなかったよ。お父様は忙しいから、話す機会もあまりないし……」
「さようでございましたか……。申し訳ございません。私はまた、差し出がましいことを――」
「あ、ううんっ。大丈夫。気にしないで? お母様のこと、ちょっとでも知ることが出来て嬉しかったし。私も今度、お父様に訊いてみることにするよ」
「リナリア様……。はい。そのような機会が、少しでも早く訪れますよう、私もお祈り申し上げております」
ウォルフさんから、優しい眼差しと言葉を受けて、私はこくりとうなずいた。
お母様の話かぁ……。
そー言えば、あんまり、訊いてみようと思ったこともなかったな。
自分のことだけで手いっぱいで、気にする余裕もなかったし……。
異国の姫で、巫女でもあった人、か……。
う~ん……。
どーゆー人なんだか、それ聞いただけじゃーよくわかんないや。
やっぱり、今度じっくり、お父様にいろいろ訊ねてみようっと。
とにかく今は、シリルが回復するのを待つ!
そして出来れば、ギルを殺そうとしてる人を見つけ出す!――それが何より大事なこと。
気持ちを切り替えて、シリルを抱えたウォルフさんの隣を、黙々と歩く。
「でもホント、怖いくらい、私達の他には、だーれも歩いてないよねぇ、この廊下?……まあ、その方が、こっちとしては助かるけど」
「はい。見張り役の待機場所は、この廊下の先の、奥まったところにございますので。近くまで行かない限り、まず気付かれることはございません」
「そっか。それは助か――……っと。やっと着いた」
やたら長い廊下だから、ゆっくり歩いてると、結構時間掛かるのよね。
運動不足のセバスチャンなんかが歩いたら、きっと、ゼーハー息切れしちゃうんだろうなぁ……。
――なんて。
セバスチャンを頭の中で思い描いたら、おかしくって吹き出しちゃった。
「……リナリア様?」
怪訝な様子のウォルフさんを、『なんでもない。ただの思い出し笑い』と言ってはぐらかし、私はドアを数回ノックした。
返事はないけど、ノックしたのが誰かわからないから、警戒してるんだろうと思い、特にためらうことなくドアを開けた。
「ギル、ただいまー! シリル見つかったよー!」
言いながら部屋に入ってみると、ベッドの上に、ギルの姿がない。
「あれ? ギル……?」
キョロキョロと部屋の隅々まで見渡したけど、やっぱりどこにもいない。
「ギルっ? どこにいるの、ギルっ!?」
――まさか、誰かにさらわれたんじゃ――!?
そんな疑惑が頭をかすめたところに、ウォルフさんの声が降って来た。
「リナリア様。どうやら我が君は、湯浴みしていらっしゃるようでございます」
「湯浴みっ?」
……あ、ホントだ。微かに……すっごく微かに、水音が聞こえる。
こんな小さな音、よく聞こえたなぁ。よっぽど耳に意識集中しとかないと、普通は気付かないよ。
「耳がいいんだね、ウォルフさん。それもやっぱり、『神の恩恵を受けし者』の特殊能力?」
感心して訊ねると、彼は小さく首を振り、
「いいえ。『神の恩恵を受けし者』でなくとも、私達は、もともと人間の数倍、耳が良いのです。この程度の音であれば、私でなくとも、仲間達なら必ず気付きます」
「あー、そっか! そーだよね。耳と鼻の感覚、人間より鋭いんだっけね。(やっぱ、向こうの世界の狼とかと同じなのかぁ……)――あ。じゃあもしかしたら、ドアの外にいても、中の声まで聞こえちゃったりするんじゃないのぉ?」
からかい半分で言ったつもりだったんだけど。
意外にもあっさりと、彼はうなずいた。
「はい。普通の話声程度ならば、聞こうと思えば、聞くことは出来ます」