第6話 行方不明者発見
いきなり『お礼』とか言って、フレディに額にキスされてしまった私は。
混乱から必死に立ち直ろうと、気持ちを整理し始めた。
……大丈夫。大丈夫よ。
訊かれなければ、答える必要もないんだし……。
と、とにかく、このことがギルにバレたりしなければ、何の問題もないはずッ!!
バクバクする胸を両手でかばうように押さえながら、私は何度も何度も、『大丈夫』『絶対バレない』『バレなければ、何もなかったのと同じ』というような言葉を、心の中で繰り返していた。
フレディはそんな状態の私を見て、心配になったのか、眉をひそめて訊ねる。
「おい、リナリア姫……? だ、大丈夫か? 急に顔色が悪くなったぞ?」
――って、あなたのせいでしょーがッ!!
叫びたかったけど、ぐっと堪えた。
ここでフレディに当たったって、どーにかなるもんでもないし……。
私さえ、ちゃんとバレないように――何事もなかったかのように振る舞えれば、恐れることなんてないんだから。
「ええと……。僕は、その……おまえに何か、大変なことを……してしまった……のか?」
まさか、額へのキスひとつで、ここまで動揺するとは思わなかったんだろう。フレディは私の顔色を窺い、たちどころにオロオロし始めた。
「い、いえ……。だ、だいじょーぶ、です。……たぶん……」
そう。とにかく落ち着いて。
フレディには悪いけど、さっさとこのことを忘れさせてもらっちゃえば、私がぼろを出す心配もないのよね。
……うん、そーだ。
そーだよ、忘れちゃおう! なかったことにしちゃえ!
そーよそーだわっ、やっぱりそれが一番よねっ!
無理矢理自分を納得させ、大きく息をついたところで、
「リナリア様!」
名前を呼ばれて振り向くと、ウォルフさんがシリルをお姫様抱っこして、ドアの側に立っていた。
「シリル!……よかった。見つかったんだ!」
慌てて駆け寄り、シリルの様子を確認する。
彼は気を失ってるみたいにぐったりして、ウォルフさんの腕の中に収まっていた。
「ウォルフさん、シリルは――!?」
「ご心配には及びません。気を失ってはおられますが、お体に異常は見受けられませんでした。しばらくすれば、お目覚めになられるでしょう」
「そっか。……よかったぁ……」
胸を撫で下ろしていると、いつの間にか隣にフレディがいて、シリルの顔を覗き込んでいた。
「この者は? リナリア姫の知り合いか?」
「うん。私の護衛をしてくれてる、シリル」
「護衛!? このか弱そうな女が?」
目を見張るフレディに、私は思わず吹き出してしまった。
「やだ、フレディってば。確かに、女の子みたいに線が細くて、とびきり綺麗な子ではあるけど、シリルはれっきとした男の子だよ?」
「ええっ、男!?……こいつが……?」
にわかには信じられないみたいで、フレディはシリルを頭のてっぺんから足の爪先まで、熱心に見つめている。
「この子、森で私をかばって、大きな傷を負ってしまって……。それが原因で、私達はここに来たの。どうやってって言われたら、それは……私にも、よくわからなくて、説明出来ないんだけど……。とにかく、気が付いたら、ギルの部屋にいて……。ギルとウォルフさん以外には、私がこの城にいること知られてないし、これからも知られたくないの。だからお願い! 私達のことは、誰にも言わないで? ギルが目覚めたってことも……彼も言ってたように、秘密にしておいて欲しいの」
真剣に頼み込むと、フレディは困ったように黙り込んでしまったけど……しばらくすると、大きくうなずいて、
「わかった。事情は、まだよくわからないところも、あるにはあるけれど……。おまえが、妙なことを企むはずもないしな。このことは、誰にも言わない。約束する」
快く、私達の要望を受け入れてくれた。
「ありがとう、フレディ!……じゃあ、私達、シリルを部屋に連れて行かなきゃいけないから……」
「ああ。またな、リナリア姫」
「うん。またね。――あ、それから、呼ぶ時はリナリアでいいよ。『姫』はいらない」
「えっ?……わかった。じゃあな、リナリア」
私は笑って手を振ると、ウォルフさんと共に通路を後にした。