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第5話 困った『お礼』

「ありがとう――ではなくて、ありがとうございました、リナリア姫。あなたのお陰で、大分気持ちが楽になりました」


 また丁寧な口調に戻ったフレデリックさんは、私にお礼を言って、ぺこりと頭を下げた。



 ……うわ。

 フレデリックさんでも、人に頭を下げることってあるんだ?



 ちょっと意外に思いながら、まじまじと見つめると、彼は恥ずかしそうに目を伏せて、


「あ、あの……。それから、リナリア姫に……ひとつだけ、お願いがあるのですが。……その……聞いていただけますか?」


 なんて、いきなりお願いなんかされてしまって、一瞬きょとんとしてしまったけど、すぐにうなずいた。


「はい、いいですよ。……あ。でもその前に、その口調――やめてもらえませんか?」

「――え? 口調?」

「はい。最初みたいに、気楽な感じで接してください。その方が、私もありがたいです」

「……気楽な……。ですが、あなたは兄上の――」

「まあ、それはとりあえず置いといて! 年齢だって、たったひとつしか違わないじゃないですか。……ねっ? 堅苦しいのは苦手なんです、私」


 彼は困ったように眉をハの字にしていたけど、やがて小さなため息をつき、ふっと微笑んだ。


「ああ、わかった。おまえがそう望むなら、そうしよう」

「よかった!……やっぱりその方が、ずっとフレデリックさんらしいです」


 ホッとしたら、私も自然と笑みがこぼれて――ちょっと前までの張り詰めた空気が、嘘みたいに和らいでいるのを感じた。



 ホントによかった。フレデリックさんと仲直り出来て。

 これで後は、ギルとの関係が元通りに修復出来れば……なんにも問題なし、だよね!



「……なあ。僕が気楽な感じで接していいのなら、おまえも同じようにしてくれないか? 僕のことは、『フレディ』でいい。丁寧な口調もやめてくれ」

「え? いいんですか?」

「ああ、もちろん。……何故、そんなことを訊く?」

「だって……『フレディ』って呼んでるのは、ギルだけっぽかったし。大好きなお兄さんだけに許した、特別な呼び方なのかな?――って思ってたから……」

「おっ、おまえは特別だっ!……あ、兄上の……兄上の、大切な人――なんだからなっ!」

「……フレデリックさ――……あ、ううん。フレディ……」



 『兄上の大切な人』、か……。

 なんだか、ギルの恋人として正式に認めてもらえたみたいで、すっごく嬉しいなぁ。



 胸の辺りがじんわりと温かくなり、何とも言えない幸福感が込み上げて来た。

 今すぐ部屋までフレディを連れて行って、ギルと仲直りさせてあげたら、きっと、もっと満たされた気持ちになれるだろうに……。



「それで――お願いのこと、なんだが……」


 言いにくそうに切り出され、『ああ、そうだった』と我に返る。


「えっと……お願いって、なにかな?」

「…………」

「……フレディ?」


 フレディは何故かモジモジして、心なしか、顔も赤らめている。

 そんなに言いにくい――言うのに勇気がいるようなお願いなんだろうかと、少しばかり不安になる。簡単に了承してしまったのは、間違いだったかも知れない。


「リっ、リナリア姫!」

「は、はいっ?」


 突然大声で名を呼ばれ、反射的に返事すると、フレディは私の目の前に素早く両手を差し出し、


「こ、これを見てくれ!」


 まるで手相を見てもらう時のように、手のひらを上向きにして、自分の胸の前に持って行った。


「そっ、それから、こっ――、ここを、見てくれ」


 両手のひらを見るようにと、視線と顎の動きで示す。


「……なに? 手相でも見ろってこと?……悪いけど、私、そんな芸当は――」

「ちっ、違うっ! そーじゃなくてっ!……と、とにかく見てくれ! この手のひらを見るだけでいいんだ!」

「……はあ?」


 彼が何をしたいのか、イマイチわからなかったけど……。

 私は彼の至近距離まで行くと、言われた通りに手のひらを覗き込んだ。


「はい。見たけど、これがなん――」


 額に何かが触れた感触で、言葉を切る。


「……え?」


 気付いた時には、フレディの唇が、私の額に――……。



 ――って、ひっ、額にっ、……額にキスっ――されてしまったぁああっ!?



 びっくりして、数歩後ずさる。

 フレディは頬を真っ赤に染めて、


「いっ、今のは、お礼のキスだ! あ……あ、あくまでお礼なんだから、誤解するなよっ? 特別な意味なんかないんだからなっ?」


 ……とかなんとか、そっぽを向きながら言い放って……。


「……お……礼……?」


 両手で額を押さえ、まだ少し混乱しながら訊ねると、


「そうだ、お礼だ!……僕の心を、楽にしてくれた……そのお礼、だ……」


 だんだん声を小さくして、目をそらせたまま答える。


「た、ただのお礼だ! どうと言うことはない! だから――っ!……だから、こ――っ、このこと、は……兄上には、内密に……」



 ……そ……そんな……。

 私、嘘つくの苦手なのに……。



 でも、いくらお礼って言っても……キスされそうになったってだけで、あんなに冷たい怒り方したギルだもん。

 お礼のキスだよって説明したところで、『ああ、そうか。お礼か』なんて、即座に納得してくれるワケない……気が……。  



 ……だっ、ダメダメダメぇっ!!

 ずぇーーーったい、バレちゃダメッ!!


 額へのキスなんて、この世界では挨拶みたいなもんなんだろうけど……でもっ、ギルには絶対絶対っ、気付かれちゃいけないッ!!

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