第2話 『会いたかった』
この部屋に案内されてから、かなりの時間が経過した。
それでもいっこうに、隣の部屋から、私を呼びに来てくれる気配はない。
シリル……。
今、どんな状態なんだろう?
何も言いに来ないってことは、最悪な状態にはなってないってことだよね?
ギルは?……ギルはどうしてるんだろう?
危険ってウォルフさんは言ってたけど、ギルは大袈裟だって言ってたし……。
ギル……。
もしかして、私……あなたに、危険を伴うようなこと、させちゃってるの?
シリルのこともギルのことも心配で、気が気じゃなかった。
いったいいつまで、ここでこうしてなきゃいけないんだろう?
いつになったら、呼びに来てくれるの……?
そうやってやきもきしているところに、ノックの音が響いて、
「はっ、はいっ!」
反射的に返事すると、ギルの声が聞こえた。
「リア、待たせてすまなかった。ようやく終わったよ」
「ギルっ!」
ドアに駆け寄り、勢いよく開け放つ。
とたん、目に映ったのは、疲れ切ったようなギルの顔で……。
それでもギルは、私を見てにこりと笑い、
「待ちくたびれたって顔をしているね。これでも、かなり急いだんだが……。あの少年は、なんとか持ち堪えてくれたようだ。もう大丈夫だよ」
私の頭に手を置いて、安心させるように、数回優しく撫でてくれた。
「ギル……。ありがとう。本当に……ありがとう」
思わず涙ぐむと、ギルは私の背に手を回し、そっと抱き寄せた。
「ああ……リア。夢ではないんだね。本当に君は……ここにいるんだ」
存在を確かめるように、ゆっくりと頭を撫でながら、こめかみに唇を押し当てる。
私は恥ずかしさを堪えながらも、相変わらずのギルの行動にホッとし……おずおずと背中に手をそえて、張り詰めていた心が、少しずつ解けて行く感覚を噛み締めた。
夢みたい……。
ギルがザックスを去ってから、もうどれくらい経ったんだっけ?
思い出すたび、会いたくて……。
会いたくて堪らなくて、辛くなるから……いつの間にか、考えないように考えないようにって、自分の気持ちをごまかしながら、過ごすようになった。
でも……こうして今、ギルは目の前にいる。
信じられないけど……ザックスの森からルドウィンのギルの部屋まで、瞬間的に移動したとしか思えない。
神様が……私の願いを叶えてくれたのかな?
……ああ、だけど……もう、そんなことどうだっていい。
大切なのは、ギルが今、ここにいるということ。
こうして私の側に……体温が感じられるくらい近くに、いてくれてるってこと。
「会いたかった……ギル。ずっと会いたかった。……ずっとずっと、会いたかった!」
想いが込み上げて来て、気が付くと、そんな言葉が口からこぼれ落ちていた。
「リア――?」
彼は私の両肩に手を置き、体を離して、私を食い入るように見つめると、嬉しそうにフッと笑った。
「珍しいね。リアの方から、そんなことを言ってくれるなんて……」
言われたとたん、かあっと顔が熱くなる。
確かに、自分からこんなこと言ったの、初めてだ……。
とてもじゃないけど、そんな恥ずかしいこと言えないって、ずっと思ってたのに……。
「ありがとう。嬉しいよ。今のはリアの本心――。そう思っても、いいんだね?」
彼は私の頬を両手で包み、顔を覗き込むようにして問い掛ける。
たちまち、顔どころか、全身が赤く染まって行くような感覚がして、気が遠くなりそうだった。
「リア……。うなずくだけでもいいんだ。君からの明確な答えが欲しい。『会いたかった』と言ってくれたのは……本心?」
彼からのささやくような問い掛けに、私はぎゅっと目をつむり、こくこくと首を縦に振る。
「……そうか」
そんなつぶやきの後、強く――苦しいくらい強く、抱き締められた。
「私もだよ。ずっと……ずっと君に会いたかった。君のことを想わない日は、一日だってないほどに……毎日『会いたい』と……そればかり考えていた」
……ギル……。
ホントに?
ホントに会いたいって、思ってくれてたの?
私のこと……どーでもよくなっちゃったワケじゃないの?
だったら……。
だったらどーして、何も言わずに帰っちゃったの?
どーして、カイルにあんなこと……。
言いたいことも聞きたいことも、山ほどあった。
でも、それを言っちゃったら……全部吐き出しちゃったら、とたんに空気が悪くなっちゃう気がして、言えなかった。
そうして、黙ったまま抱き締め合い、数分ほど経った頃、
「リア。さっき言ったこと……覚えている?」
ふいに、ギルがそんなことを言い出した。
「え?……さっき、言ったこと……?」
問い返す私に、彼はくすっと笑って。
「『この子を助けられるなら、何でもする。何でも言うこと聞くから』。……確か、そう言ったよね?」
「……え」
固まる私に、彼は耳元で、艶めいた声でささやく。
「約束通り、あの子の命は助けたよ?――さて。何をしてもらおうかな……?」