第4話 第二王子の孤独
「――っ!…………え?」
呆然と、フレデリックさんは私を見つめる。
『何を言われているかわからない』――まるで、そう言ってるみたいに。
「『消えたい』なんて、思っちゃダメ! 『自分はいらない人間なんだ』なんて、考えちゃダメだよ! 誰もそんなこと思ってない! 思ってないんだから!!」
「……リナ、リア……姫……?」
何故か、彼は怯えたように、私を凝視する。
幽霊でも見てしまった時のような……ううん、自分の秘密を暴かれてしまった時のような。
おどおどと、今にも泣きそうな瞳で……。
「『僕が死んだって、どうせ誰も悲しまない』? どーしてそんな風に思うの? たかが一度、お兄さんにキツイこと言われたくらいで、そんな馬鹿げたこと考えるなんて、どーかしてるよ!……たかが、だよ? たかが一度。たった一度だけ。そうでしょう? 今まで、ろくに兄弟ケンカなんてしたことなかったんでしょう? 世間一般の感覚から言えば、そっちの方がよっぽどおかしいよ! みんな、もっといっぱい――兄弟ケンカなんて、それこそ数え切れないくらいしてるよ? それなのに――」
私は息を大きく吸い込むと、大声でキッパリ言い放った。
「やっと一回、ケンカ出来たんじゃない! やっと、普通の兄弟みたいになれたってことだよ。遠慮しない関係になれたってことだよ!? それって、すごく喜ばしいことじゃない。それなのに、一人で抱え込んで――『消えたい』とか『死にたい』とか、ほんっと、ただの大バカ者だよっ!!」
ビクッと肩を揺らしてから、フレデリックさんは一瞬、大きく顔をゆがませて……。
突然、はらはらと泣き出してしまった。
「えっ!?……フ、フレデリック……さん?」
ギョッとして、困惑して……それから、めちゃくちゃ焦った。
……だって、まさかフレデリックさんが……男の人が、いきなり目の前で泣き出しちゃうなんて……。
こんな経験、ギル以外では初めてで、その、なんてゆーか……。
どっ、どーしていーのか、全然わからないっ!!
ひたすら途方に暮れていると、フレデリックさんは泣きながら、
「ど……して……。どーして、おまえは……おまえには、わかったんだ……? だ、誰にも……今まで、誰にも……話したことなんかなかった……のに……」
切れ切れに、そんなことを言い出して……。
「ずっと、思ってた……。僕の命を、救ってくださったのは……兄上、なのだから……僕は、兄上に……『いらない』って思われたら、終わり……なんだって。生きてる意味なんか、ないんだ……って……」
「な…っ! なにバカなこと言ってるんですかっ!? いらないなんて……そんなひどいこと、ギルが言うはずないじゃないですかッ!!」
いくらなんでも、思い込みが激しすぎる!
たとえギルが、ものすごく嫉妬深い人だったとしても、恋人にキスしそうになったくらいで、血の繋がった(父方だけだったとしても)たった一人の弟を、『いらない』なんて……そんなあっさり、見捨てちゃうワケないってば!!
「でも、兄上は……あの時、ほんと……に……すご、く……すごく、怒ってっ――いらした……。僕が……僕が兄上の……大切な人……に……キ、キスなんて……しようとした、から……」
「でっ、でもあれはっ、私がメイドだと思ってたからっ――でしょう? 私がギルの恋人だってわかってて、しようとしたワケじゃーないんですからっ!」
「……でも、僕は……」
まだ続けようとする彼を止めるため、私はさえぎるように口を開いた。
「と、とにかくっ! ギルはもう、怒ってなんかいませんからっ!……だからもう、ホントのホントに、バカなこと考えないでください! ギルはあなたを『いらない』なんて思ってませんし、これからだって思うワケないですよ!――ねっ!?」
彼の片手を取り、両手でぎゅっと握り締める。
彼は一瞬、驚いたように目を見開き、それから気まずそうに視線をそらせると、微かに笑みを浮かべた。
「すまない。恥ずかしいところを見せてしまった。女の前で涙を流すなど、男として最低だな」
片手で涙を拭いながら、照れ臭そうに言う彼に、私は大きく頭を振った。
「そんなことないですよ! 泣きたい時は、男だって女だって、泣いちゃえばいいんです! 涙を流すことは、我慢するよりずっと――心にとってはいいことなんだって、どこかで聞いたことありますし」
「……そう、なのか?」
「はい! だから、どーしても、辛くて耐えられない時は……泣いちゃっていいんですよ?――あ、さすがに、公衆の面前で――とかは、恥ずかしいかも知れないですけど。一人か二人の前でくらいなら、構わないんじゃないですか?」
……なんて。
私も変われば変わるもんよねぇ……。
ちょっと前までは、『人前で泣くなんて絶対ヤダ!』って、思ってたはずなのに。
『泣きたい時は泣いちゃえばいい』なんて、さらっと言えちゃうようになるなんてね……。
しみじみ感じ入ってると、フレデリックさんはまっすぐ私を見て、
「そうか。わかった。今度から、そうすることにする」
そう言ってにっこり笑った顔は、今まで見た中で、一番、彼の素に近い――本質が現れた表情のように思えた。