第3話 突き放されて
再びドアを開け、通路へと一歩足を踏み出すと、私はフレデリックさんに気付かれないように、数回深呼吸した。
まだ少し、胸がドキドキしてるけど……。
しょーがない、覚悟決めよう。
早くシリルを捜さなきゃいけないし、ここでモタモタしてる暇はないんだから!
彼の方へ向かい、ゆっくりと近付いて行く。すると、足音に気付いたのか、気配を察したのか、フレデリックさんがこちらに振り向いた。
「サクラ!……いや。リナリア……姫……」
そうつぶやくと、辛そうに目をそらす。
「何かご用ですか? 私はもう、兄上の許可なく、あなたに近付くことは許されない。あなたも側でお聞きになられていて、ご存知のはずだ。それなのに……」
私の正体がわかったからか、今までとは百八十度違う、丁寧な口調で告げ、フレデリックさんはうつむいてしまった。
「ごめんなさい。どうしても謝りたくて……。あの、新人メイドだなんて嘘をついて……名前まで嘘をついて……。リナリアだってことも黙ってて、ごめんなさい。私がここにいること、ギルとウォルフさん以外には、知られたくなかったから……つい……。騙したくて騙したワケじゃないけど、でも、結果的にはこんなことになってしまって……本当にごめんなさいっ!」
思い切り頭を下げ、そのままの状態で、彼の言葉を待った。
……簡単に許してもらえるなんて、思ってない。
フレデリックさんにとって、ギルはすごく大切な人――。
そのたった一人の、大切な兄であるギルに、あんなひどいことを言わせてしまったんだもの。恨まれて当然なんだ。
もしもこのまま、『二度と話をする気はない』って言われちゃったとしても、仕方ないって思えるほどに、私の罪は重い。
大袈裟なんかじゃなく……心からそう思う。
「おやめください。あなたが謝る必要などないでしょう?……私が勝手に、一人で舞い上がって……。いつの間にか、あなたに……」
暗い声でそう言った後、しばらくの間沈黙が横たわり、
「――とにかく、顔をお上げください。そんなことをされると、かえって迷惑だということが、おわかりになりませんか!?」
急に鋭い声に切り替わって、私は驚いて顔を上げた。
「あ、あの――、ご、ごめんなさいっ!」
反射的に謝ると、フレデリックさんは忌々しげに顔をしかめ、私に背を向けた。
「ですから、あなたが謝る必要などないと、今言ったばかりでしょう!?――まったく、物覚えの悪い方だ!」
う……っ。
口調は丁寧になってるけど、言われてることは、あんまり変わってない……ような……。
「お願いですから、もう立ち去っていただけませんか? 私は一人になって、いろいろ考えたいことがあるんです。……それに、こんなところで二人きりでいることが、兄上に知られてしまったら、私は……私は今度こそ、本当に兄上に嫌われてしまう――!」
どうしてもそれだけは避けたい。――そんな心の叫びが聞こえて来そうなほど、その声は悲痛に響いた。
ここまで打ちひしがれている彼を前に、このままここを立ち去ることが、本当に彼にとっていいことなのか。
私にも、何か出来ることはないのかって、考えてみたけど……結局、わからなかった。
ギルの悲しみや苦しみさえ、とてつもなく大きくて、重いものだと感じてる私が……。
彼のことだけで頭がいっぱいの、このちっぽけな私が。
それでもまだ、彼のことも救いたい――なんて思っちゃうのは、おこがましいってわかってる。
私が一番大切なのはギルで……誰よりも愛しいと思えるのも、ギルで……。
だから私は、ギルのことだけ考えてればいいんだって……。
ほんの少しでも、彼の心の傷を癒してあげられれば。彼を幸せにすることだけを考えてればいいんだって、わかってる。
わかってるのに……。
なのに……どーして私は、ここから動けないんだろう?
フレデリックさんの言う通り、さっさと立ち去ればいいのに……。その方が、きっといいのに。
どーして……?
足に根っこが生えちゃったみたいに、ここから動けない――。
「いい加減にしてください! 早くここから立ち去ってくれと、何度言えばわかるのです!? そんなにあなたは――私と兄上の関係を壊したいのですかッ!?」
「ダメッ!!」
無意識にそう叫ぶと、私はフレデリックさんの手に、自分の両手を重ねていた。