第2話 ブラコンのきっかけ
フレデリックさんがいることを告げると、ウォルフさんは片手を顎に当て、考え込むように僅かに首を傾けた。
「まだこちらにいらっしゃいましたか。それは困りましたね……」
「え? 『まだ』って?」
引っ掛かって訊ねると、彼は特に面倒がることもなく、説明してくれる。
「リナリア様から、フレデリック様のご様子を探るよう申し付かっておりましたので、部屋を出てから、この辺りを見回っていたのです。その時にも、こちらにいらっしゃいましたので、少しだけお話しさせていただきました」
「そっか。すぐ捜してくれたんだ。ありがとう、ウォルフさん。……で? フレデリックさん、まだ落ち込んでるみたいだった?」
「はい。予想以上に気落ちしておられました。『兄上に拒絶されたら、自分は生きている意味がない』とまでおっしゃられて……」
「ええっ!? そ、そこまで思い詰めちゃってるの!?」
「はい。フレデリック様にとりまして、ギルフォード様は、兄であると共に、命の恩人と申しましても、過言ではないお方ですので……。どうしても、深刻に捉えておしまいになられるのでしょう」
「……え? 『命の恩人』……?」
驚いてつぶやくと、ウォルフさんは小さくうなずいて、
「十一年前の事件の折、犯人と考えられるアナベル様の処分について――王族や臣下の間で、かなり揉めたのです。特にひどい処分と致しましては、『親子共々火あぶりの刑に』との意見まで出る始末で……」
「火あぶりの刑っ!? 親子共々って、それ……フレデリックさんも一緒にってこと!?」
「……はい。その通りでございます」
「そんな……。そんなのひどいっ! フレデリックさんには、何の罪もないじゃない! 罪を犯したのは、母親であるアナベルさんだけでしょう? それなのに――!」
「はい。ひどい話でございます。――その会議に、回復されていたギルフォード様も同席しておられたのですが、その話が出たとたん、止めに入られたのです。『それではあまりにも、フレディがかわいそうだ』と――」
「ギルが、止めに……」
……やっぱりすごいな、ギルは……。
お母様を殺されて、自分も殺され掛けたってゆーのに……。まだほんの、九歳の子供だったってゆーのに。
憎しみに囚われたりしないで、回復してすぐ、そんな公正なことが言えちゃうなんて……。
「そのことを、何者からかお聞きになられたのでしょう。フレデリック様は、事件以前から、ギルフォード様に大変懐いておられましたが、そのことがあって以降は、懐くと言うよりは――敬愛や崇拝と称した方がふさわしいのではないかと思われるほど、ギルフォード様を慕っておられましたので……。やはり、冷たくされた衝撃は、想像以上に大きかったのではないかと」
「……そっ……か。……そうだよね、やっぱり……」
ちくりと胸が痛む。
――わざとじゃないとは言え、フレデリックさんに対して、ギルにあれほど冷たい態度を取らせてしまったのは私だ。
だから……だからやっぱり、自分の口からちゃんと、フレデリックさんに謝らなきゃいけない――!
そう決意した私は、ウォルフさんを見上げ、
「ウォルフさん。こんな時だけど、私、ちょっと行って、フレデリックさんに謝って来る。ギルと仲違いさせちゃってごめんなさいって」
「リナリア様……。かしこまりました。私はその間、他の場所を捜して参りましょう。リナリア様は、フレデリック様との用事がお済みになりましても、私が戻るまで、しばらくこちらでお待ちくださいますよう――」
「うん、わかった。……ごめんね、ウォルフさん。我儘ばっかり言って……」
「いいえ。どうかお気になさらず――。それでは、少しの間、別行動ということに致しましょう」
ウォルフさんは優しく目を細めると、何処かへと歩み去って行った。