第1話 城内捜索
ウォルフさんの言葉に、すぐには反応出来なかった。
……え……?
シリルが……なに?
シリルが部屋から……え、部屋から……いなく――……。
「いないって、どーゆーことなのウォルフさん!? シリルが、そんな――!」
「申し訳ございません。昼に様子を窺いました時には、確かにいらっしゃったのですが――。まだお目覚めになられていないようでしたので、こちらにお持ちしたものと同じ昼食をテーブルの上に、その横に、大まかな状況を記した紙を添えて、退出したのです。しかし……今、部屋を覗いてみましたら、昼食はそのままに、シリル様のお姿だけが、ベッドから消えておりまして……」
――消えた――?
シリル……。まだ体だって、本調子じゃないはずなのに……。
そんな体で、急に動き回ったりしたら――!
「シリル……。シリルが目覚めるまで、私が側についててあげなきゃいけなかったんだ……。知らない人だらけのこの城で、頼れるのは私だけのはずだし……護衛って言っても、あの子はまだ、十一歳の男の子なんだもん。きっと、心細かったんだよ。目覚めた時に私の姿が見えなかったから、捜しに行っちゃったのかも知れない――!」
顔を上げ、二人に宣言する。
「私、またメイドのフリして、そこら辺捜して来る! 早く連れ戻してあげなきゃ! シリルの体だって心配だし、それに、誰かに見つかっちゃったりしたら、それこそ大変だもん!」
「リナリア様、私も参ります! あなた様は、まだこの城には不慣れでございましょう? 私が案内致します」
「ウォルフさん……。うん、ありがとう! お願いします」
ウォルフさんはこくりとうなずくと、
「急がなければ、シリル様の身に危険が及ぶ恐れがございます。使用人ならまだしも、城の見張り役や騎士に見つかりでもしたら、その場で斬りつけられる可能性も――」
「斬りつけられる!?……そんな、シリルが……。じゃあ、ますます急がなきゃ!」
私は慌ててベッドに駆け寄って靴を履き、キャップとリボンを拾った。それをウォルフさんに手渡し、もう一度、朝と同じことをしてくれるように頼んだ。
彼はそれらを受け取ると、素早く私の髪をリボンでまとめ上げ、再びキャップの中へと、手際良く収めてくれた。
メイドの姿に戻った私は、足早にドアへと向かい、その前で一旦立ち止まって、ギルに釘を刺すために振り返る。
「じゃあね。ギルはここで、大人しく待っててね? 心配だからって、外に出たりしちゃダメだよっ? まだ、完全に安心出来る状況じゃないんだから」
「ああ、わかっているよ。――ウォルフ、絶対にシリルを捜し出し、無事にここまで連れて来るんだ。いいな? リアのことも頼んだぞ」
「はい。かしこまりました」
うやうやしく一礼したウォルフさんが、再び顔を上げたのを確認すると、私はドアを開け、ざっと周囲を窺ってから外に出た。
「シリルはどっちに行ったんだろう?」
部屋の前で、しばし迷う。
左に行けば、ギルが襲われた通路のある方向。右に行けば――……ええと……。
「右に行った突き当りには、常に見張り役が数人控えております。そちらに向かわれたとすれば、とうに騒ぎになっているでしょう」
「なるほど。じゃあ、きっと左だね!」
私とウォルフさんは、顔を見合わせてうなずき合い、左の方向へと歩を進める。
「ねえ、ウォルフさん。左の突き当りには、別棟への通路に続くドアがあるのは、もうわかってるけど……突き当りを右に曲がった先には、いったい何があるの?」
「そちらにもまた、別棟がございます。ですが、そちらは主に使用人や護衛など、この城で働く者達のための部屋や、設備が集中してございますので、王族の方々がお渡りになることは、滅多にございません」
「そっか。じゃあ、そっちに行ったらそっちに行ったで、働いてる人達がたくさん行き来してて、シリルが行ったら目立っちゃう……ことになるかな?」
「はい。その可能性が高いかと――」
「ん~……。だったらやっぱり、まずはあの……ギルが襲われた通路辺りを、捜してみた方がいいかもね」
「はい。そう致しましょう」
私達は、早歩きからどんどんスピードを上げて行き、仕舞いには走り出していたけど、周囲に人影はなかったから、全く気にすることなく全力疾走することが出来た。
向こう側がこの城で働いてる人達専用ってことだとすると、こっちは王族専用ってことなのかも知れない。だからきっと、こんなにも閑散としてるんだろう。
そんなことを思いながら走ってたら、あっと言う間に突き当りで、私は数回深呼吸して息を整えると、左手にある小さなドアを開けた。
「――っ!」
開けたとたん、通路の手すりに両腕を置き、一人でぼんやりとたたずんでいる、フレデリックさんの姿が目に入った。思わず反射的にドアを閉める。
「リナリア様?」
後ろにいるウォルフさんに、不思議そうに呼び掛けられ、私はゆっくり振り向くと、
「どーしよー……。フレデリックさんがいる」
情けない声を出し、助けを求めるように彼を見上げた。