第11話 恋人の印
……よかった。
ウォルフさんに任せておけば、きっと大丈夫だよね。
……フレデリックさん、思い詰めてなきゃいいな。
私の取り越し苦労で済めばいいんだけど……。
「リア。今、誰のことを考えていた――?」
「え?――ひゃ…っ!?」
ギルの声に振り向こうとしたら、突然後ろから抱き締められ、一気に頭に血が上る。
「ギ…っ、ギル! 何やってるのよ、あなたはまたいきなりっ?」
「……リアがいけないんだよ? 私をずっと放っておくから……」
拗ねた子供みたいなことを言い、彼は私の肩に顔を埋めた。
「ほ、放っておくからって……。もう、ギルってば。小さい子じゃないんだから――」
「そんなことは関係ない!……私といる時だけは、他の男のことは考えないでくれと言ったはずだよ。もう忘れた?」
「ほ、他の男って……! 私はべつに、誰のことも――」
「嘘だ! ごまかそうとしたって無駄だよ? ウォルフに、フレディのことを話していたんだろう?」
「う……っ」
バ、バレてる……。
なんでわかっちゃったんだろ?
「だっ、だってギルがっ!」
「……私が?」
「フ、フレデリックさんに、その……あんまり冷たいこと、ゆーから……」
「大切な恋人が、弟にキスされそうになっていたら、誰だって止めに入るだろうし、怒ると思うんだが?……それとも君は、止めて欲しくなかった? あのまま、フレディにキスされていたかった。そう言うつもり?」
「な――っ! そんなワケないでしょっ!? 私はただ、フレデリックさんは事情を知らなかったんだから、あそこまでひどいこと言わなくても――って、そう思ってるだけっ!」
「……リア……」
ギルはそう言ったきり、私の肩に顔を埋めたまま、押し黙ってしまった。
私はどうしていいかわからなくて、彼が口を開くまで大人しく待っていたんだけど、ふいに顔を上げた彼の方へ振り返ろうとしたとたん、
「ひぁ――ッ!?」
首筋に、微かな電流が流れたような感覚が走り、体がびくっとなる。
「……な……な、……なに……?」
恐る恐る、その辺りへと視線を移すと、ギルが首筋に顔を埋めて、なにやら……。
「――っ!」
す……っ、すすっ――?
……もっ、もしかして、吸いついてる――っ!?
「な…っ!……なにやってるのよこの――っ、エロ大魔人んんんんーーーーーッ!!」
思いっ切り大声で叫んでやったのに、ギルはけろっとして……これっぽっちも悪びれることなく答えた。
「恋人の印を付けただけだよ。……本当は、こういうことは、君の綺麗な肌を傷付けることになるから、したくはなかったんだが……。君が、いつも無防備すぎるのがいけないんだよ? お仕置きの意味も込めて、少し強めに残しておいた」
「……こ、『恋人の印』……? それに『お仕置き』って……」
……何言ってるの、この人?
言ってる意味がよくわからない……。
「俗に言う、キスマークというものだ。聞いたことはある?」
「……キス……マーク……?」
キスマーク……は、そりゃ……聞いたことはあるけど。
……でも、キスマークって……。
「キスマークって、普通は女の人が付けるものじゃないの?」
「――え?……君の世界では、女性しか付けないものなのかい?」
「うん。だって……口紅って、ほとんど女の人しか付けないじゃない?」
「……は?……口紅……?」
「この世界でも、やっぱり口紅はあるのかぁ……。あれ? でも、ギルが口紅つけてるワケないよね? だったらどーして、キスマークなんて付けられるの? それに、さっきちらっと見た限りでは、キスマーク付けてたってより、吸いついてた……って感じだったけど?」
「……リア? 君はいったい……何の話をしているんだい?」
「え、何って……キスマークでしょ?」
「……君は、キスマークって、どんなものだと思っているの?」
「どんなって……あれでしょ? 唇の形を、えっと……魚拓みたいに残すってゆーか。……あ、魚拓なんて、この世界じゃ通じないかな?……ん~……じゃあ、なんて言えばいーんだろ? ええと……とにかく、唇に口紅を塗って、唇の形を写し取る……みたいな? そんな感じのがキスマーク――でしょ?」
「…………」
ギルは答えず、またしばらくの間、黙り込んでしまった。
しばらくして、ようやく声がしたと思ったら、
「――く…っ!……ふふっ……ハハハッ! ハハハハハッ!」
何故か突然、大声で笑い出し……。
私は彼の腕の中から抜け出せないまま、ポカンとするより他なかった。