第10話 満月の謎
「ごちそうさまでした!」
お腹いっぱい食べられて大満足した私は、ニコニコ顔でウォルフさんを見上げた。
「ホントに美味しかったよ、ウォルフさん。よかったら……明日もまた、作ってくれると嬉しいなっ」
な~んて、早速おねだりしちゃったりして。
……さすがに図々しかったかな?
「お気に召していただけて何よりでございます。それでは、明日も作って参りましょう」
「わあ! ありがとう、ウォルフさん! これで明日の楽しみが出来たよ」
ウォルフさんは困った様子なんて微塵も見せず、あっさり承諾してくれた。
テーブルの上を手際よく片付けると、うやうやしく礼をして、
「今宵は満月でございます。日が沈みましたら、私はこの部屋へ近付くことが出来なくなりますので、ご夕食は早めに運ばせていただきます。どうかご了承ください」
と不思議なことを言い置いて、そのまま立ち去ろうとした。
「……え?――あ、ちょっと待ってウォルフさん!」
「――はい。いかがなさいました、リナリア様?」
「え……だって、その……。満月だから、日が沈んだらどーのって……」
「はい。満月の夜は、自室に籠っていなければなりませんので、こちらへは伺えないのです」
満月だと、自室に籠らなきゃいけない――?
……何それ?
意味不明なんですけど……。
「どーして満月だと、自室に籠ってなきゃいけないの? 何か、宗教上の儀式をするとか? それともこの城では、昔からそーゆー決まりがあるの?」
「いいえ、そういうことではございません。ですが……」
そう言ったまま、考え込んでしまったウォルフさんを、見るに見かねたのか、ギルが横から助け船を出す。
「リア。お願いだから、そのことについては、それ以上訊かないでやってくれないか? ウォルフにも、いろいろとややこしい事情があるんだよ」
「いろいろな、ややこしい事情――?」
「そう。ややこしい事情が、ね」
……なんだかよくわからないし、そう言われると、よけい気になっちゃうけど……。
でも、ウォルフさんを困らせたいワケじゃないし、誰にだって、人に言えないことの一つや二つあるだろうし……。
そう思い直した私は、素直にうなずいた。
「わかった。もう訊かない。……ごめんなさい、ウォルフさん。わざわざ引き留めちゃって」
「いいえ。どうか、お気になさいませんように。それでは――」
「……あっ! ちょっと待って! もう一つあるんだった!」
「……はい?」
そこでいっぺん、ちらっとギルの様子を窺ってから席を立ち、ウォルフさんの側まで行って、
「あのね、ウォルフさんに訊きたいことってゆーか、お願いしたいことがあるんだけど……いいかな?」
とひそひそ声で訊ねた。
「リア? 私に背を向けて、こちらに聞こえないような声で……いったい何を話しているんだい? 私に聞かれたくないこと?」
案の定、不機嫌そうに声を掛けて来たギルに向かって、慌てて首を振る。
「ち、違うよっ。そーゆーんじゃなくてっ。……ただ、これは……ギルには関係ないことだから。――うん。それだけっ」
「関係ないって、それでは――」
「あーもうっ! とにかく今は黙ってて! お願いっ!」
早口で制し、私はウォルフさんにもっと耳を近付けるよう手招きした。
ウォルフさんはそれを受け、少し体を屈ませて、私の口元に耳を寄せる。
「あのね、実は……ウォルフさんが来る前に、フレデリックさんがここに来ててね。それで、あの……私がここにいることがバレちゃったの。ついでに正体もバレちゃって……。あ、でもね。ギルが口止めしてくれたから、外には漏れないと思うんだけど……。一応、ウォルフさんには言っておいた方がいいかなって思って」
「……なるほど。あれはそういうことでしたか――」
「え? 『あれは』……って?」
ウォルフさんは口には出さず、ギルに気付かれないよう、ベッドの下へと視線を走らせた。
そこには今も、メイド用のキャップと靴、ウォルフさんが貸してくれたリボンが散乱していて……。
「あ……! ごっ、ごめんなさいウォルフさんっ。貸してくれたリボン、あんなとこに落としたままで……」
「いいえ、構いません。入室した時に気付き、片付けようとは思ったのですが……。しかし、もしあのままあそこへ残しておくことが、お二人にとって、何か意味があることなのだとしたら……と思い直しまして、一切触れずにおいたのです」
「いっ、意味なんかないよっ。あれはギルが勝手に――っ」
「……ん? 今、私の名を出さなかったかい?」
う…っ。
ひそひそ声のまま言い合ってるのに、ギルったら耳聡い――。
「だ、出してないよっ! 気のせいだよ!」
振り向いてそれだけ言うと、またウォルフさんに向き直り、一番伝えたかったことを告げた。
「それでね、その時にギルとフレデリックさんが、なんかその……ケンカじゃないんだけど、気まずい感じになっちゃって……。フレデリックさん、すごく落ち込んでたみたいだったし、気になっちゃって……。だから、もしフレデリックさんに会ったら、さり気なく様子を窺っといてもらえないかな?」
あの時のフレデリックさんの傷付いた顔……ふらつく足取りを思い出すと、今も胸が痛む。
大好きなお兄さんにキツイこと言われて、かなりショック受けてたもんね……。
「かしこまりました。フレデリック様のことは、私にお任せください」
ウォルフさんはそう言ってうなずくと、部屋の外へ出て行った。