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第9話 恋人よりもサンドウィッチ?

「リア? どうかした?」


 私の声に驚いたように体を離し、ギルは頬に手を当てて、親指だけで優しく顔の輪郭を撫でた。


「違――っ、ち、違うのっ! べつにっ、ウォルフさんのこと忘れてたとか、そーゆーことじゃなくてっ!」


 ギルの言葉が聞こえてなかったワケじゃないけど、それをほとんど無視する形で、彼の腕越しに見えるウォルフさんに向かって、ふるふると頭を振る。

 そんな私に気付くと、ギルは『なんだ、そんなことか』とでも言うように軽く笑い、


「リア、ウォルフのことは放っておいていいよ。空気か何かだと思っていれば問題ない。……だから、ね? 気にせず続きを――」

「な――っ!? 何考えてるのよギルのバカッ!! ウォ、ウォルフさんのいる前でそんなこと――っ、で、出来っこないじゃないッ!!」


 懲りずに迫って来る彼に呆れ、思いっ切り顔の前で両腕をクロスさせて抵抗する。


「リナリア様。私のことでしたら、どうかお気になさらず。ギルフォード様のおっしゃるように、先をお続けくださいませ」

「さっ、先っ?――な、何言ってるのウォルフさんまでっ!? そ、そそっ……そんなこと、出来るワケな――」

「ほら、ウォルフもああ言っている。だからリア、さあ……」

「だ、だからっ……ダメだって言ってるでしょっ、この……エロ王子ぃいーーーッ!!」


 力一杯突き放すと、ギルはちょっとだけバランスを崩し、一歩足を引いた。


「……エロ……王子……?」


 きょとんとした顔で私を見つめ、首をかしげる。


「エロ――とは、いったいどういう意味だい?」



 ――うっ。

 ……そんな、真面目に訊かれても困る……。



 私は知らんぷりしてそっぽを向くと、もごもごと答えた。


「……し、知らない。……絶対、教えてあげない……もん」

「ええ?……ひどいな。そんな風に言われたら、ますます気になってしまうよ。――ねえ、リア。そんな意地悪を言わずに、教えてくれないか?」


 私へと伸ばされた手をひょいとかわすと、素早くウォルフさんの側へ駆け寄り、彼を盾にして身を隠した。そして顔だけ出すと、


「ダメ! 絶対、ぜーったいっ、教えないっ!……いっつも意地悪して来るのは、ギルの方なんだから。たまには私だって、仕返ししてもいーじゃないっ」

「……仕返し――って……」


 ギルはそう言ったまま、困惑顔でしばらくその場に突っ立っていたんだけど、やがてため息をつくと、


「わかったよ。意味を訊くのは諦める。それでいいだろう?」


 寂しげな笑みを浮かべつつ、私へと視線を投げた。


「……うん。それで……いい」


 ギルはホッとしたように表情を和らげ、再び私へと――今度は両手を差し出した。


「では、早くこちらへ戻っておいで? キスの続きをしよう」

「だからダメって――何度言えばわかるのよぉおおっ!?」



 ――もぉっ! 信じらんないっ!!


 ウォルフさんのいる前で、よく照れもせずにあんなこと……っ!

 ウォルフさんが見てるのに、キスなんて出来るワケな――……あ。……う……。


 さ、さっきは、その……一瞬、ウォルフさんの存在忘れて、しちゃった……けど……。



 うぅぅぅ……。ごめんなさい、ウォルフさん。

 一瞬とは言え、あなたがいることを忘れちゃうなんて……私ってば、なんて失礼なこと……。



 でもっ、ギルだって悪いんだからっ!

 ウォルフさんがいるってわかってて――それでもああやって、キスして来るなんて……。


 『空気か何かだと思っていれば』いいとかって、無理に決まってるじゃない!


 もうっ!

 ギルのバカァァーーーーーッ!!



 私は恥ずかしさのあまり、ウォルフさんの背中にしがみつき、おでこをぴったりくっつけて、誰にも顔が見えないようにしてうつむいた。

 そして小さな声で、


「ごめんなさい、ウォルフさん。……ギルってば、失礼なことばっかり……。私も一瞬だけ、ウォルフさんのこと、忘れちゃったりして……」


 素直に謝ると、彼は少しの沈黙の後、優しく言葉を返してくれた。


「いいえ、リナリア様が気になさる必要などございません。我が主のあのようなご様子には、私も慣れておりますし、あの程度のことでは、露ほども傷付いたりは致しません。それよりも、私の方こそ……主がいつもご迷惑をお掛けし、申し訳ございません。どうやら、私の教育が間違っていたようでございます」

「な…っ! 何を言っているんだ、ウォルフ!? リアに余計なことを吹き込むな!……リア、ウォルフの背に隠れてなどいないで、こちらへ戻っておいで」


 ギルはウォルフさんを一睨みした後、くじけず私へと手を伸ばす。

 でも、私は大きく首を振り、きっぱりと拒否した。


「イヤ! ギルってば全然、わかってくれないんだもん。……私はここで、ウォルフさんが用意してくれたサンドウィッチ食べる! だから――ギルも早くこっち来ないと、一人で全部食べちゃうからねっ?」

「な――!……そんな。君はこの私より、昼食を取ると言うのかい?」

「うん。今は昼食! 私は、サンドウィッチを取る!」

「――リ、リア……」


 ためらうことなく昼食を取った私に、ギルは打ちひしがれた様子で肩を落とす。

 私はあえて、それを見て見ぬふりして、


「ウォルフさん、遅くなっちゃってごめんなさい。この後も、お仕事とかいろいろあるんでしょう? すぐに平らげちゃうから、もうちょっとだけ待っててね?」


 さっさと一人で席につくと、ウォルフさんに笑い掛けた。


「はい。私のことなどお気になさらず、どうぞごゆるりと……」

「じゃあ、いっただっきまーっす!……んぐ、むぐ……。うん、美味しい! さっすがウォルフさん! めっちゃくちゃ美味しいよ!」

「恐れ入ります。気に入っていただけて、私も嬉しゅうございます」

「……んむ、むぐ、ん――……うん、こっちも美味しい! すっごく美味しい!……ああ、幸せ~……」


 うっとりとつぶやく私の横で、ウォルフさんがとぽとぽとカップに紅茶(たぶん)を注ぎ、そっと差し出してくれる。


「本日の私の夜食――ということにしておきましたので、怪しまれずに、たくさん作ることが出来ました。まだまだございますので、ご遠慮なく、お気の済むまでお召し上がりください」

「うん、ありがとう。ホントにウォルフさんは、何でも出来るんだね。うちのセバスチャンも、そこそこ有能……って言われてるらしいんだけど、私の前では、それほど有能っぽいとこ、見せてくれたことないんだよね。だから、こんなにいろいろ出来るウォルフさんが側にいてくれるなんて、ギルが心底羨ましいよ」

「……リア、あまり持ち上げすぎてはいけないよ。調子に乗られると、こちらも困るのでね」


 放っておかれて傷付いたのか、いつの間にかテーブルに近付いて来ていたギルは、ムスっとした顔で椅子を引き、席についた。


「調子に乗る?……とてもそんなタイプには見えないけど……」

「いいや、確実に調子に乗るよ。こう見えてこの男は、おだてに弱いんだ。気を付けなければ、思わぬところで失敗をする」

「失敗くらい、べつにいいじゃない。セバスチャンなんて、しょっちゅう失敗してるよ?」

「……それは、まあ……。セバスよりは、少しばかり有能かも知れないが」



 ……む。


 今なんか、ちょっとムカっとしちゃった。

 ……やっぱり、私以外の人にセバスチャンのこと悪く言われると、許せない気持ちになっちゃうのかな……。


「セ、セバスチャンだって、有能なとこはあるもん! 私が襲われた時だって、お仲間さん集めて守ってくれたし……。それに、すっごい腕の立ちそうな暗殺者相手に、一人でもちゃんと、逃げのびることが出来たんだから!」


 テーブルの上に両手を叩き付けるようにして立ち上がり、思わず前のめりになって言い返す。ギルは驚いたように目を見張り、


「……ああ、悪かった。べつに、セバスのことをけなしている訳ではないんだよ。気に障ったなら謝るから、許してくれないだろうか?」


 申し訳なさそうに見つめると、さり気なく私の手に自分の手を重ねた。


「べ、べつにっ、……怒ってるワケじゃない、けど……」


 とたんに恥ずかしくなって、目を伏せ、慌てて手を引っ込めて座り直す。


「と、とにかくっ! 早く食べちゃわないとっ! これ以上、ウォルフさんの手を(わずら)わせるのも申し訳ないし……。だからほらっ、ギルも食べる! もぐもぐ食べる! どんどん食べる!――今はもう、ひたすら食べる! それだけっ!」


 私はサンドウィッチを二切れつかむと、両手に一切れずつ持ち直し、顔を左右に振りながら、交互に頬張った。

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