第7話 可愛いひと
一人でケラケラ笑い続ける私を、呆然と見つめながら……ギルはしばらくの間、その場に突っ立っていた。
だけど、いきなりウォルフさんを振り返ると、
「ウォルフ! またリアに笑われてしまったぞ! いったいどうしてくれるんだ!?……まったく。おまえといると、いつもろくなことにならない!」
などと八つ当たり気味な言葉を投げつけ、ふて腐れてしまった。
それを受けたウォルフさんは、『やれやれ……』といった感じで私の方を向き、僅かに首をかしげて訊ねる。
「リナリア様が笑っていらっしゃるのは……私のせいでございますか?」
どうにか笑いを引っ込め、小さく深呼吸して気持ちを落ち着けると、私は思い切り首を横に振った。
「ううん。ウォルフさんのせいじゃないよ? 今のは、ギルがうろたえる姿が、すごく珍しくて可愛かったから……。それでつい、笑っちゃっただけ」
「な――っ! リア。君はまた、可愛いなどと――」
困惑した表情で頬を赤らめる彼に、また笑いが込み上げそうになったけど、必死に堪えた。
これ以上、ウォルフさんの前で恥を掻かせちゃうのも、かわいそうだしね。
ギルにだって、主としての立場ってものがあるだろうし。
「ごめん。ごめんなさいっ。もう言わないから! これからは、可愛いって思うことがあったとしても、口には出さないようにする。――ね? だから、機嫌直して?」
両手を顔の前で合わせて、拝むようなポーズでお願いすると、ギルは一瞬、何か言いたげに口を開いたんだけど……すぐ思い直したように唇を結び、大きなため息をついた。
「そう思われるだけでも、充分情けない気分になるんだが……。いいよ。このことは忘れよう」
……ギルってば、まだ少し頬が赤い。
『可愛い』って言われることが、そこまで恥ずかしいなんて……。
不思議に感じながらも、そんなことでいちいち照れる彼が、堪らなく可愛く思えて……自然に顔がほころんでしまう。
「ありがと、ギル。……えっと、じゃあ……ウォルフさんが食事の用意して来てくれたみたいだし、早速いただこうよ。昨夜から何も食べてないんでしょ? お腹空いてるよね?」
昼食は何だろうと、ウキウキしながら訊ねると、今度は彼の方が吹き出して、
「リア、お腹が空いているのは君の方ではないのかい?――顔にそう書いてあるよ?」
「えっ!? 嘘っ、どこにっ!?」
顔に両手を持って行きそうになり、『……って、そんなワケないじゃん!』と即座に気が付き、軽く彼を睨みつける。
「もうっ、からかわないでよ! ギルがお腹空いてると思って、心配してあげてるのにっ!」
ギルは、まだくすくす笑いながら、
「そ……、そうだね。心配ありがとう、リア。――では、君が心待ちにしていた昼食を、共にいただくとしようか」
なんてことを言って来て、思わずカッとなって言い返した。
「な…っ! 私じゃなくて、ギルが、でしょっ!?」
「ふふっ。……ああ、そうだね。ならば、そういうことにしておこう。――ウォルフ、その昼食とやらを、そちらのテーブルへ」
私のことは軽く受け流し、ギルはそう言って、ウォルフさんに目配せした。
「はい。かしこまりました。それでは――」
一礼すると、ウォルフさんは足元に置いてあったバスケットのような籠を開き、見覚えのある食べ物が綺麗に並べられた皿を中から取り出した。
「わあっ、素敵っ! それって、サンドウィッチでしょ?」
懐かしくて、思わずはしゃいだ声を上げてしまった。
パンとかチーズみたいなものは、こっちの世界でも、毎日のようにお目に掛かってるけど、こうして、間に何かを挟んで提供されるパンなんて、久し振りに見たものだから、一気にテンションが上がってしまい――次の瞬間、ハッと口元を押さえた。
「あれ? えっと……違うの? サンドウィッチとは……言わないの、かな?」
「サンド……ウィッチ、でございますか?……なるほど。リナリア様が以前いらした世界では、こういう食べ物のことを、そう呼んでおられたのですね?」
「う、うん……。ここでは違うの? じゃあ、なんて呼んでるの?」
「そうですね……特に決まった名称はございません。たとえばこちらのパンですが、甘いクリームが間に塗ってございますので、『クリームのパン』、こちらは肉の燻製が挟んでございますので、『肉の燻製のパン』――と言ったところでしょうか」
『クリームのパン』に、『肉の燻製のパン』――?
……パンは、この世界でもパンで通用するってことは、とっくに気付いてたけど……。
でも、そっか。『サンドウィッチ』は通じないのか。
こんなこと、それほど気にすることでもないのに、私は何故かしょんぼりとして、うつむいてしまっていた。
ウォルフさんはそんな私に、
「『サンドウィッチ』……。素敵な響きでございますね。それでは本日から、こういう、パンの間に何か挟んだ食べ物のことを、そう呼ばせていただくことに致します。リナリア様がこれを食したいと思われた時は、私に『サンドウィッチが食べたい』とお声掛けしてくださいませ。喜んで、またいつでもご用意致します」
穏やかな口調で、そう言ってくれた。
「ウォルフさん……。うん、ありがとう! また食べたくなったら、遠慮なくお願いさせてもらうね」
彼の優しさと心配りに、しみじみ感謝しつつ、私はにこりと微笑んだ。