第6話 目撃せし者
私が黙り込んでいる間、ギルは返事を待っているみたいに、一言も声を発しなかった。
顔をそらせたままだから、その表情はわからないけど、でも……。
……見なくてもわかる。
ギルは今、きっとからかうような――それでいて妖しい色気なんかを宿した瞳で、私をじっと見つめてるに違いない。
そして私が降参して、彼の望むような答えを返すまで、解放してくれる気なんか、更々ないに決まってる。
……ダメだ……。
恋人同士なら――パートナーであれば当たり前の、自然なことってわかってても、やっぱり恥ずかしいっ!
「と、とにかく、この話はもういいでしょっ!? 今はまだ、ダメなんだってばっ! 気持ちの整理が出来てないし、『この世界では普通です』って言われたからって、『はい、そうですか』って、簡単に納得するワケには行かないもん! だから、もうちょっと考えさせて? お願いだからっ」
「ダメだよ。その答えでは、私はいつまで待てばいいのかわからない。もっとハッキリ、いつ頃までに返事をくれるか、約束でもしてくれない限り――私だって、納得してあげられないよ?」
まるで小学校低学年生を優しく諭す、担任教師のごとき口調で言ってはいるけど……絶対この人、楽しんでるよ。からかってるよ遊んでるよっ!
完全に、いつもの悪いクセ発動中だよ……。
……ああもぉ……誰か……。
誰か助け――……て………。
助けてくれる人なんているワケないと思いながらも、無意識に視線をさまよわせた私の目の端に、唐突に飛び込んで来た人影――。
「――ふぇあっ?」
一瞬幻かと思ったけど、間違いなく彼だった。
「リア?」
ギルは怪訝顔で首を傾げ、私の視線を辿るようにして後ろを向くと……、
「――っ! ウォ…っ、ウォルフっ!?」
彼にしては珍しく、裏返った声を上げた。
「我が君……。いつもそのような言動でリナリア様を困らせ、反応を窺って楽しんでいらっしゃるのですね? まったく、大人げないことをなさいますな……」
ため息まじりにウォルフさんが嘆くと、ギルはかあっと顔を赤らめた。
「お、おまえ……。いつからそこにいた!? 黙って立ち聞きしているなど、おまえの方がよほど失礼な上に、大人げないだろうが!」
「私は、昼食の用意をして参っただけでございますが? また昼頃伺いますと、リナリア様にもお伝えしておりましたし、ノックも致しました。……しかし、しばらく経ってもお返事がございませんでしたので、入室させていただいたのですが……お取り込み中のようでしたので、お二人がお気づきになられるまで待たせていただこうと、こうしてここに控えておりました。私としましては、気を利かせたつもりだったのですが……」
「な、何が気を利かせた、だ! 本当に気を利かせるつもりであれば、食事だけ置いて、さっさと部屋を出て行くものだろう!? それを、澄ました顔で立ち聞きなど……!」
握り締めた拳が、わなわなと震えている。ギルはすっくと立ち上がり、ウォルフさんを指差しながら声を張り上げた。
「おまえ、わざとだろう!? 私とリアが良い雰囲気で睦み合っている時に限って、毎度毎度、見計らってでもいるかのように邪魔に入るとは……。間違いない! 絶…っ対にわざとだなっ!?」
ギルのそんな言い掛か――いや、指摘にも、ウォルフさんはいっこうに動じず、冷静極まりなかった。
「わざとだなどと、滅相もないことでございます」
「嘘だ! 偶然と言うにはあまりにも不自然すぎる! おまえ、絶対扉に耳でも付けて、私達の話を盗み聞いているんだろう!?――そうだ、そうに違いない!」
「お言葉ではございますが、我が君。耳を近付けた程度で中の会話が外部へ漏れ聞こえてしまうほど、この城の扉の質は悪くはございません。そのようなことは、決して――」
「だとしたら何故だっ!? 何故おまえは、いつもいつもいいところで、私達の邪魔に入るんだっ!?」
「邪魔だなどと……。リナリア様が困っていらっしゃるご様子の時は、見るに見かねて間に入らせていただいたこともございます。ですが、それもこれも皆、ギルフォード様が大人げなく、リナリア様を追い詰めて遊んでいらっしゃるのが、いけないのではございませんか」
「う…っ、うるさいっ! リアを追い詰め、その可愛らしい反応を見て楽しむのは、恋人である私の特権だ! おまえにとやかく言われる筋合いなどないっ!」
……え?
私を追い詰めて楽しむのが、特権……?
ちょ…っ、何よ特権って!? そんな権利、認めた覚えないんですけどっ!?
ギルは私の不満げな様子に気付いたのか、
「い、いや……違うんだ、リア。私はいつも、君を追い詰めて遊んでいる訳ではなく、その……今のは、ええと……」
語尾を詰まらせ、懸命に私の顔色を窺っている。
最初こそムッとしてたけど、その慌てる様子が珍しいやら可愛いやらで、気が付くと吹き出してしまっていた。