第5話 恋人達の押し問答
そっと唇を離した後、ギルは片手を私の後頭部に持って行って何度か優しく撫でてから、ふわりと微笑んだ。
そしてそのまま抱き寄せられ、素直に身をゆだねようとしたんだけど――途中でハッと現実に戻り、
「ちょ…っ、ちょっと待ってっ!」
両肩に手を置き、思い切り体を突き放した。
「――っ!……どうしたんだい、突然?」
驚いて目を見張るギルに、私は顔を背けながら叫ぶ。
「うっ、上っ! 上着てっ、上ぇーーーーーッ!!」
「……上?……ああ、上着のことか」
くすっと笑う声がしてから、ギルは私の頬を両手で挟み込んで強引に顔の近くに引き寄せると、妖艶さをたたえた瞳で見据えた。
「恋人の裸体を見た程度で恥ずかしがっているようでは、先が思いやられるね。これから、もっと恥ずかしいことをすることになるのに」
「も――っ!……もっと恥ずかしい、って……」
どーしてこう、この人はっ!
こーゆーことをっ、わざわざ、くっ、口に出すのよぉおおおおおッ!?
またしても心臓がバクバクし始め、一気に顔が紅潮し、頭が沸騰しそうなほど熱くなって……息苦しくて、目が回りそうだった。
だけどギルは、そんな私の様子を、何故か、満足げな笑みを浮かべつつ見下ろしている。
……この人が、ついさっきまで、弱々しくうつむいてた彼と同一人物だなんて、とても思えない。
すっかり、いつもの調子を取り戻してる彼に、ホッとする一方で――あまりの変わり身の早さに、唖然としてしまう。
「し――っ、ししししないもんッ!! 恥ずかしいことっ――なんて、絶対絶対しないもんッ!!」
「え、しないの?……それでは世継ぎは生まれないよ? ザックスは大変な問題を抱えることになるが……それでもいいのかい?」
……って、なんかすごく現実的なこと言い出したよこの人ーーーッ!?
「まあ、世継ぎ問題は置いておくにしても。恋人同士であれば、愛しい人に触れたい、抱き締めたい、キスしたい――生まれたままの姿で愛し合いたい、ひとつになりたい。そう願うのが、自然なことだと思うけれど。リアは違うの?」
うわぁあああーーーっ!
今度はものすごく生々しいこと言い始めたしぃいいーーーッ!!
もぉヤダぁっ!
誰かこの人、なんとかしてぇええええーーーーーッ!!
「そっ、そんなの知らないッ!! 知らない知らないッ!! 考えたこともないもんッ!!」
彼の目を直視出来ず、私はギュウッと目をつむったまま言い放った。
その間にも、彼の両手はがっしりと私の頬を挟み、逃げ出すことを許してくれない。
「本当に? 考えたことすらないのかい?……愛しい人に、そんなことを言われてしまっては、恋人の立場としては、少し切ないな。私はそんなに、男としての魅力がない……?」
最後の言葉は、耳元に口を寄せながら、艶っぽい声でささやかれて……。
私の理性は、とうとう限界に達した。
「もうヤダッ!! そんなことばっかりゆーんだったら、もー離してッ!!……ちょ、ちょっと気を許すと、すぐ変なこと言い出すんだからっ! バカバカっ! ギルのバカぁっ!!」
……うぅ…っ。どーでもいーけど、ボキャブラリーが貧困なのって、こーゆー時辛いなぁ……。
ボキャブラリーさえ豊富なら――もっと的確な言葉で、めいっぱい罵ってやれるのにっ!
どーして私は、いっつもバカのひとつ覚えみたいに、バカバカとしか言えないんだろ?
自分を情けなく思いながら、ギルの両肩を力一杯押しやる。
でも、いつものごとく、これっぽっちもびくともせず、余裕綽々の笑顔で。
「変なこと? 変なことではないよ。愛し合っていれば、当然のことだよ?……それとも君は、生涯――伴侶になった後も、そうやって、私を拒絶し続けるつもりなのかい?」
「そ――っ、そこまでは言ってないッ……けどっ! 私はまだ高校生だし……って、これも前から何度も言ってるじゃないッ!!」
「また『コウコウセイ』? 何度言われても、その意味自体がわからないのだから、仕方ないだろう? それに、その『コウコウセイ』とか言うものは、君が以前いた世界での、決まり事か何かではないのかい? だとしたら、君は、もうこの世界の住人なのだから、ここでの決まり事に従うべきだと思うよ。この世界では、女性は十六にもなれば、いつでも婚姻出来る。婚前交渉だって、禁止されている訳ではない。つまり、私達の行動を制限するものなど、どこにもないんだ。……違うかい?」
「そっ、それは……」
それを言われちゃうと、どう返していいかわからなくなる。
確かに、この世界に『高校生』や『生徒』ってくくり自体、あるのかどうかわからないし。
あったとしても、十八歳未満に手を出したら犯罪になるとか、十八歳になるまでは結婚しちゃダメとかって法律も、ないんだろうし……。
そもそも私は、この世界では〝ギルの婚約者〟として認められているんだから、親の承諾は、完全に得ているワケで……。
そうすると、ギルが言うように……私達が、その……そーゆー……うぅぅ……。
と、とにかく、べつに何の問題もないっ――ワケではあるんだけど……。
十六歳前であっても、そーゆーことしちゃう人は、いることはいるんだろうし……。
だとしたら、私さえOKすれば、何の問題もない……んだろうけど……。
……ぅわあああっ!
でもダメっ! やっぱりダメぇえっ!!
いくら許されることであっても、私自身が許せないからーーーーーッ!!
こんな風に思っちゃう私……もしかして、おかしいのかな?
好きな人が相手だったら、みんなすぐ……OK出来ちゃうものなの?
ためらったり、拒否しちゃったりしてる、私の方が変なの?