第4話 ずっと側に
「君がいなくなってから、また命を狙われるようになり……サクラには頼られ、フレディには、まるで英雄に向けるような目で見上げられ、私は疲れ切っていた。……何もかも投げ捨てて、逃げ出したかった。私はそんな立派な人間ではないと――仰ぎ見られるような存在ではないのだと、何度叫び出しそうになったことか――!……皆が私に、『助けてくれ』と手を伸ばす。『守ってくれ』と、その瞳で訴える。……やめてくれ! もうたくさんだ! 守って欲しいのは……救って欲しいのは私だ! 私の方なんだッ!」
そう叫ぶと、体から一気に力が抜けてしまったかのように、彼はその場に身を沈め、ひざまずき――両手を床についた。
こんなに弱々しい彼を見るのは初めてで……なんて言葉を掛けていいのかわからなかった。
彼の抱える孤独が、苦悩が、あまりにも深くて……どうしようもなく、胸が痛んで……。
優しい人達に囲まれ、恵まれた環境でぬくぬくと育って来てしまったこの私に、いったい何が出来るんだろう?
こんな私でも、彼の心を少しでも……ほんの少しだけでもいいから、癒すことは出来るだろうか?
しばらくの間、ただ黙って彼を見つめていた私は、意を決してひざまずき、うつむいているギルの頭を胸元に抱え込んだ。
「――っ!……リア……?」
一瞬、ビクッと体を震わせ、ギルは戸惑いの中、私の名を呼ぶ。
そんな彼の頭上にキスを落とすと、私はありったけの想いを込めて、正直な気持ちをぶつけた。
「ごめんね、ギル。……私はあなたじゃないから、あなたの苦しみの数分の一ですら、わかってあげられないかも知れない。過ごして来た環境も違うし、背負って来た重荷の大きさも、その数も、あまりにも違いすぎるから、今までのほほんと生きて来ちゃった私には、完全にあなたの全てを理解してあげることなんて、出来ないのかも知れない。……でも、でもそれでも、私はあなたの側にいたい。あなたの側で、その苦しみを、悲しみを……ほんの少しでもいいから理解して、感じて――隣で寄り添っていたい。……私に出来ることなんて、話を聞くとか、私なりの意見を言うとか……たぶん、その程度しかないと思うけど……。ねえ、それでもいい? それでも……そんなことしか出来ない私でも、側にいることを許してくれる?」
訊ねても、ギルが口を開く気配はなく、私は少し不安になりながらも、先を続けた。
「あなたの側にいたいの。何も出来なくても、何の役にも立てなくても、それでもっ……あなたの側にいたいの。何もない私だけど……ちっぽけな私だけど、あなたが私に言ってくれたように、私も――あなたを好きだという気持ちなら、他の誰にも負けない。強いあなたも、弱いあなたも……余裕たっぷりな大人のあなたも、子供みたいに、そうして震えてるあなたも、みんな、みんな好き。大好き。だから、たとえ何があっても、私はあなたの側にいる。……ね、いいでしょう? これからも私……ギルの隣に、いていいよね?」
それでも彼からの返答はなく、いよいよ心配になって来て、恐る恐る体を離し、顔を覗き込んだ。
「ギル……?」
「……まったく。君という人は――」
ようやく顔を上げた彼は、とても穏やかな微笑みを浮かべていて……目が合うと、両手で柔らかく私の頬を挟み込んだ。
「私が言おうと思っていたことを、全て先に言われてしまったよ。……本当に、これからも一生――君には敵わないんだろうな……」
「え?……敵わない、って……」
ギルは『黙って』とでも言うように、そっと唇に人差し指を当てた。
「先に言われてしまったが、もう一度――今度は私から言わせてもらうよ。……リア。私は周囲に思われているほど、強い男でも、立派な男でもない。むしろ、未熟で我儘で――君が思うよりずっと、嫉妬深い男だ。これからもきっと、側にいれば……私の嫌な部分を、たくさん知ることになるだろう。だが、それでも……君は私を、好きだと言ってくれるかい? これからもずっと、永遠に……私の側にいてくれる?」
改めて告白され、私は大きくうなずいた。
「うんっ、もちろん! ずっと……ずっと側にいる。これからもずっと……ギルの隣で、笑ってたい!」
「……ありがとう、リア……」
彼は私の顔を僅かに上向けて顔を寄せると、今までで一番って思えるほどの、優しいキスをした。




