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第3話 暗殺の首謀者

 この、自嘲するような笑い方……。


 昨夜と一緒だ。

 勢い余って、ギルの頬を引っ掻いちゃった時。

 瞬時に傷が治るのを見て、私が驚いてたら……『気味が悪いかい?』って訊いて来た、あの時の顔と一緒……。


「な――っ、何言ってるのギル? 化け物だなんて……そんな言い方しないでっ!」


 胸が締め付けられるようで、私はギルの手を取り、両手で力一杯握り締めた。


「そんな風に思うワケないじゃない! どーしてそんな言い方するの!? 私がいつ、そんなこと言った!? 誰も――誰もそんなこと思ったりしないよっ!」

「……そうだね。君はそんな風に思ったりしないということは、私だってわかっているよ。けれど――そう思う人も、世の中にはいるんだ。確実に……ね」


 悲しそうに笑う彼に、挑むように食い下がる。


「どこにっ? どこにいるのよそんな人っ? そんなひどい人がいるなら、今すぐここに連れて来て! 私がその人に抗議するからっ!」


 ギルは一瞬、辛そうに顔をゆがめ……すぐにまた、悲しげに笑った。


「それは心強いな。……だが、連れて来ることは出来ないよ。その人は……今も幽閉されているから」

「――っ!……ゆ……幽閉って……。じゃあ、まさか――」


 それきり言葉を失う私に、ギルは静かな声で言った。


「ああ、そうだよ。私を『化け物』だと言ったのは……フレデリックの母親である、あの人だ」

「……そ……そんな……」



 またアナベルさんなの?

 ……何故、そんなこと……。どーしてそんなひどいことを――!



 掛ける言葉も見つからなくて、ギルの左腕に寄り掛かるように額を当てた。



 フレデリックさんには申し訳ないけど、その時初めて、彼女に対する強い憎しみを覚えた。

 私の大切な人を……これほどまでに傷付け、苦しめる存在。アナベルという女性への怒りで、頭が沸騰(ふっとう)しそうだった。


「リア……」


 ギルは私の頭に手を置いて、気遣わしげに何度も何度も撫でてくれる。心にも体にも、大きな傷を負わされてるのは彼なのに。いつだって、彼だけなのに。


 私なんて……おろおろしたり、呆然と立ちすくむだけで、いつも何も出来なくて……何の力にもなれなくて。

 情けなくて――ただ辛くて、涙が溢れそうになるのを必死に堪えていた。


「毒を盛られた時……母は散々苦しんだ末に、私の目の前で身罷(みまか)った。だが、私は寝込みはしたけれど、数日後には、歩き回れるほどに回復していたんだ。だから……私は父上に頼み込み、すぐにあの人に会いに行った。……どうしても、直接会って確かめたかった。本当にあの人が、母を殺そうとしたのかを……」


 私の頭に手を置いたまま、瞳はどこか遠くを見つめ……ギルは淡々と語った。


「信じたくはなかった。――彼女が母を見る目は、確かにいつも、憎しみを宿しているように私にも見えていたけれど……それでも、殺したいほど憎まれているなどとは思いたくなかった。だから――だから直接会いに行ったんだ。それなのに――!」


 彼は片手で顔を覆うと、まるでうめくみたいに声を絞り出した。


「彼女は私を見るなり、こう言った。『嘘よ! あの毒、確かに致死量を超えていたはずなのに。……嘘よ、嘘! 生きてるなんて、そんな……!……嫌、来ないで! 近付かないでよ、この化け物!』」


 思わず息をのみ、信じられない気持でギルを見上げた。


「あ――『あの毒』?……『致死量』って、それじゃ……」



 アナベルさんは毒の存在ばかりか、盛られた量まで把握してたってこと?


 ……そんな……。

 それじゃ――それじゃ結局、アナベルさんは自白してたってことじゃない――!!



「ギル……。ウォルフさんは、アナベルさんは限りなく怪しいけど、本当に毒を盛らせたかどうか決め手はない、みたいなこと言ってた。……でも、本人の口からそこまで出ちゃってたら、やっぱり毒を盛らせたのは――」

「ああ。……確実に死ぬと思っていた私が、普段と変わらぬ様子で現れたものだから、取り乱して、真実を語ってしまった――といったところだろう。……まあ、その後、私の命を狙わせたのも彼女なのかどうか、そこまではわからないが……。しかし、母と私の昼食に毒を盛らせたのは、まず間違いなく――」

「アナベル……さん」


 私の言葉に、ギルは小さくうなずいた。


「私は……恐ろしかった。彼女が毒を盛らせたことよりも……人が人を想う時、そこにあるのは愛だけではないのだと――狂気や殺意を生むこともあるのだと、目の前でまざまざと見せつけられたことが。……父上は彼女以上に、私の母を愛した。ただそれだけのことが、人を狂気に走らせることがあるのだと――他人を殺せもするのだと、嫌というほど思い知らされた。だから私は……」


 右手がそっと、私の頬へと伸ばされる。彼は切なげに目を細めると、熱っぽく語った。


「私は決めたんだ。絶対に側室など持たぬと。誰にどう言われようが、生涯ただ一人を愛し抜くと。……リア。君に出会った時、私の心は空虚(くうきょ)だった。一人の女性の醜い嫉妬により母を失い、この力のせいで『化け物』と罵られ……自棄(じき)になって、彼女の望むように死んでやろうかとさえ思っていた。何もかもが空しくて、どうにでもなれと思っていたんだ。――けれど、どこまでも明るく、無邪気に笑う君を見て……不思議なものだが、一瞬で救われた。この娘と共に歩んで行けるのならば、きっとその先には、楽しいことが待っているに違いないと――何故か。素直にそう思えたんだ。……リア。私に生きる道を選ばせたのは君だ。間違いなく君なんだ」


「ギル……」


「君となら、生きて行けると思った。……いや。君がそこにいて、笑っていてくれるのであれば、それだけで生きられると心から思えた。……だが、君は私の前からいなくなり、代わりにサクラが現れた。サクラは君と違って、とても大人しく、臆病で――そして、あまり笑顔を見せることのない娘だった。別人だったのだし、急に異世界へと飛ばされた彼女が、この世界に馴染めずに苦しんでいたとすれば、笑う気になれなかったのも当然だと、今となっては理解出来るが……あの頃の私には、それがわからなかった。君が変わってしまったと思い、正直失望していた。しかし、君を見掛け、勝手に救いの光だと思い込んだのは私だ。私が悪いのだからと、これからはサクラを守って行くことが自分の使命だと――それこそが生きる意味なのだと己に言い聞かせ、彼女を愛そうと、私なりに努力していたつもりだ。……だが、君も知っての通り……やはり無理だった。私が求めていたのは、あくまでも君なんだ。君だけなんだ、リア――!」


 感情が一気に溢れ出したかのように、強い力で引き寄せられ、思い切り抱き締められて……鼓動は激しく高鳴り、全身は燃えるように熱くなった。



 包帯を解いてしまった後だから、当然、上半身は裸なワケで……。

 手をどこに持って行けばいいのかもわからなかったし、目を開いているのも恥ずかしくて……。

 仕方なくギュウッと両目をつむり、心の中で自分を叱咤(しった)した。



 バカっ、バカっ!……私のバカぁっ!

 ギルが真剣な話をしてくれてる時に、なに余計なこと気にして、赤くなってるのよッ!?


 ……ギルはべつに、変なことしようとしてるワケじゃないんだから……。

 だから、動揺する必要なんてこれっぽっちもないのに……。



 もうっ! いちいち意識しすぎなのよっ!

 ホントにもーーーっ、私のばかばかばかばかぁっ!!



 ……それでも結局、私は手の持って行き場に困り、両脇にぶらんとさせたまま、話を聞いているしかなかった。

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