第1話 強烈に印象付ける『何か』
シンとした部屋の中、二人ともしばらく無言のまま、同じ場所にたたずんでいた。
――何を言えばいいのか、わからなかった。そしてどうすれば、この重苦しい空気を追い払うことが出来るのかも……。
ギルは私を責めてなんかいないって言ってたけど、あれは本心なの?
ホントに、私には責任がないって思ってるのかな?
私はちらりと彼の様子を窺い、その疑問をぶつけてみてもいいものかと、しばし思い悩んだ。
話を蒸し返すような行為は、危険かも知れない。もしかしたら今以上に、ギルの気持ちを乱してしまうかも知れないし……。
でも、こんなモヤモヤを抱えたまま、側に居続けるのも辛い。
そんなことをつらつらと考えてたら、急にギルが振り返って、私の名を呼んだ。
「――っ! は、はいっ?」
思わずビクッとしてしまったら、彼は少し傷付いた表情で私の頬へと手を伸ばし、ためらいがちに触れた。
「……すまなかった。見苦しいところを見せてしまったね。君がフレディにキスされそうになっているのを見たら、ついカッとなってしまって……。怯えさせる気はなかったんだ。本当にすまない」
「ギル……。わ……私のことはいいの。自業自得だと思うし。でも、フレデリックさんは何も――」
「何も? 何も……なに?」
とたんに顔をこわばらせ、冷たい瞳で私の顔を覗き込む。その急激な変化にひやりとして、視線から逃れるように目を伏せた。
「リア、目をそらさないで答えてくれないか。君は本当に自分が悪いと――自分だけが悪いと思っているのかい? 思っているのだとしたら、それはどうして? 君がフレディの前で正体を伏せたからとか、偽名を名乗ったからというのは無しだよ? それでは、フレディが君を抱き締め、キスしそうになったことへの答えにはなっていないからね。――そうだろう? 私が訊きたいのは、何故フレディが、朝方少しだけ会っただけの君に対して、あれほどまでの好意を抱くに至ったかだ。君が自分だけが悪いと言うのなら、その時に何か――フレディの気を引くような行動を取ってしまったとか、そういう覚えがあるのか?」
顔を両手で挟まれた状態のまま、私は大きな声で否定した。
「ち…っ、違うっ! 私はそんな――っ、気を引くような行動なんて取ってない!」
「ならば何故? 何故フレディは、君にキスしようとしたんだ? あの短時間で、君に強く惹かれてしまうような出来事があったからだろう? 違うかい?」
「違うっ! 違うよっ!! そんな特別なことは、何もなかったってば! フレデリックさんは、最初から最後まで、私に対してはすごく威張ってるような態度だったし、私をメイドとしてこき使っ――……あ、ううんっ。えっと、その……。と、とにかくっ、メイドに対する接し方しかしてなかったし!……昔の話をしてる時だけは、すごく弱々しく見えてびっくりしたけど……でも、その時だって、私はただ黙って話を聞いてただけで、特に何かしゃべったりとかしてないし。だからホントに、何にもなかったんだってば!」
ムキになって言い返すと、ギルは怪訝な顔つきで念を押した。
「本当に? 本当に何もなかった? 強烈に君を印象付けてしまうような、何か特別なことが……絶対になかったと誓える?」
「誓えるよ! だってホントに、強烈に印象付けるようなことなんてなかっ――」
……ん?……あれ?
――『強烈に印象付けること』――?
「……あ!」
ある出来事が、突然脳裏をよぎり、私は言葉を失った。
当然、ギルが不審に思って、問いただして来る。
「あったのか? 何か思い当たるようなことがあったんだね? 君を強烈に印象付ける『何か』は、やはりあったんだ。そうだね?」
「……う……うぅ……」
思い出したとたん、めちゃくちゃ恥ずかしくなって来て、慌ててギルから目をそらした。
顔は見る間に熱くほてり……きっともう、誰が見ても『真っ赤』だと認識するくらいにまで、染まりきっちゃってるに違いない。
「リア、いい子だから――怒らないから、正直に話してごらん? 今朝、フレディとの間に何があったんだい?……大丈夫。絶対に責めたりしないよ。だから……ね? 私に全て教えて欲しいな……」
片手を頬に、もう片方の手でゆるゆると頭を撫でながら、ギルはあくまでも優しい口調で、なだめるように問い掛けて来る。
……もぉっ! ギルってば、また子供扱いして!
そんな訊き方されたら、自分がすごく小さな子になっちゃったみたいで……ますます恥ずかしくなって来ちゃうじゃないっ!
……でも、その……ギルに頭撫でられるのは、やっぱり、えっと……嫌いじゃないん……だけど。
「リア。そこまで顔を赤らめて……。まさか、口に出すのもためらわれるほど、恥ずかしいことがあったと言うのか……?」
再び両手で頬を挟まれ、ぐいっと顔を上向かされる。おまけにギルの顔が、すごく間近に迫って来て……。目をそらしたくてもそらせない状態の私は、仕方なくギュウッと目をつむった。
「ち、違うってば!……は、恥ずかしいことには違いないけど、話せないほどのことでもないっ、……と、思う……し……」
……いや。
やっぱり結構……ううん、かなり恥ずかしいかも……。
そう思いはしたものの、ここでだんまりを決め込むワケにも行かない。
私は勇気を奮い起こし、朝あったこと――木登りしている途中で、スカートの中を一瞬見られてしまったことを、目をつむったまま白状した。