第9話 羞恥、困惑……抱擁!?
……ま……まさか……ギル――?
ギルが、私の気付かないうちにボタンを……?
そう考えたら、ますます体が熱くほてって……フレデリックさんが来てくれてなかったら、どんなことになっちゃってたんだろうと、今更ながら恐ろしくなる。
もう……もうっ! ギルのバカぁッ!!
やっぱりエロよ……とんでもないエロ王子だわっ!!
……ああもうっ! 恥ずかしすぎて、フレデリックさんの顔を直視出来なくなっちゃったじゃないっ!
自分は一人で涼しい顔して、寝たふりなんかしちゃってぇ~~~……!
まったくホントに……なんって人なのっ!?
恥ずかしさでめまいがしそうになりながらも、動揺を押し隠してボタンを留め直し、うつむいたままその場に立ち尽くす。
……だって、なんて言えばいいの?
こんなの見られちゃった後じゃ、もう何言ったって……信じてもらえる気がしないよ。
すごく惨めな気持ちになって、無性に泣きたくなって来た。
それでも必死に我慢して、両手を胸の前で組み合わせてぎゅっと握ってると、
「……それほどまでに……なりふり構っていられなくなるほどに、兄上のことが好きだというのか……?」
耳を澄まさなければ聞こえないくらいの小さな声で、フレデリックさんがつぶやいた。
「――え、何――?」
無意識に問い掛けると、彼は思い詰めた表情で私の肩に手を置き、
「僕じゃダメか、サクラ?……どうしても、兄上じゃなきゃいけないのか?」
唐突に、妙なことを言い出した。
「……は?……えっ?」
問われていることの意味がすぐには理解出来ず、私はぽかんと口を開け、彼を穴のあくほど見つめてしまった。
「おまえの望みが王の妃になることなら、僕にだって叶えてやれないこともない。兄上が隣国の姫と結ばれたら、次のこの国の王は僕だ。おまえが兄上を諦めて、僕を選びさえすれば……望みは確実に叶うだろう?」
軽く置かれていただけだったはずの手は、いつの間にか『これから肩もみでも始まるの?』と思っちゃうくらいに強く私の肩をつかんでいて、痛いやら驚くやらで、訳がわからなかった。
「え……と、あの……。私べつに、王妃になりたいとか……そんなこと、考えたこともないです……けど?」
「――っ!……では、やはり兄上が……。兄上だからこそ、好きになったと言うのか……」
傷付いたような顔でうつむいて、それっきり沈黙してしまったフレデリックさんに、私はますます困惑した。
なんなの? どーしちゃったってゆーの?……なんでいきなり、こんな変なこと言い出したの?
私の望みが、『王の妃になること』だなんて……そんなこと、一言だって言った覚えないよ?
……もしかして、メイドが王子を好きになる理由なんて、そんなところだろうと勝手に思い込んでる……とか?(……そー言えば、『側室狙い』がどーとか、『分不相応な夢は見るな』とか、朝会った時も言ってたっけ……)
……むぅ~……!
だとしたら、それってめちゃくちゃ失礼な話じゃない? 他のメイドさん達に対してだって!
それに、いくら私をメイドだと思い込んでるからって、そんな不純な動機でギルを好きになったなんて、思われたくないしっ。
うん、そーだよ。失礼以外のナニモノでもないよ!
……あ~……、だんだんムカついて来ちゃった。
ここはひとつ、メイドさん達の名誉のためにも、ズバッと言ってあげなきゃ!
そう思って口を開いたところで、
「兄上には婚約者がいる! 朝も教えてやっただろう!? おまえのためにも、早く忘れた方がいいんだ! それなのにどうして――っ!……どうしてわからないんだっ!?」
何故か突然、苦しいくらいに抱き締められてしまい、私は戸惑いを通り越し、一気にパニックに陥った。
え……えぇえっ!?
……なっ、なんで……なんで私、抱き締められちゃってるのっ!?
さっきまですっごく怖い顔で睨みつけられてて……私、殺されちゃうかも――って思ってたくらいなのに……。
……なのにいきなり、王の妃になりたいならどーのこーのって、失礼なこと言い出したなーと思ってたら……今度はこれ!?
……わからない……。
フレデリックさんの言動全て、まるっきり理解出来ない!
「僕を選べ! そうすれば、僕がおまえを幸せにしてやる。僕なら、おまえを傷付けたりしないで済むんだ。だから……だから僕を――っ!」
また両肩をつかまれ、少しだけ体を離すと、彼は泣きそうな顔で私を見つめた。
「……サクラ……」
ゆっくりと顔が近付いて来て――途中で顔を傾けて……って、えっ?……ええええええっ!?
「ちょ…っ! ふ、フレデリックさ――っ!?」
慌てて彼の肩を押しやると、すかさず後方から鋭い声が飛んだ。
「フレデリック!! 今すぐリアから離れろッ!!」