第8話 侮辱と羞恥
ホントに、殺気を感じるほどの鋭い視線だった。
射すくめられて身動きも出来ず――私はしばらく声も出せないまま、フレデリックさんを見上げていた。
息苦しいほどに切迫した雰囲気の中で、彼は再び口を開く。
「聞こえなかったのか? ここで何をしている? と訊いているんだ」
朝会った時とは別人みたいな、低く、感情を押し殺した声――。
私はごくんとツバをのみ込むと、やっとのことで声を絞り出した。
「あ……あの……。わ、私――」
……ダメだ。言葉が続かない。
だって、こんな状況の中――どう説明すれば、わかってもらえるってゆーの?
言い訳しようにも、全っ然、なんっにも思い浮かばないよっ!
口ごもっている私にイラついたのか、フレデリックさんは荒々しく私の手首をつかんだ。
力一杯引っ張り、強引に立ち上がらせる。
「何度も言わせるなッ! 兄上が意識を失われている間に、無断で寝所に忍び込み、何をするつもりだったと訊いているんだ!!」
ギリギリと、骨が悲鳴を上げそうなくらいの力でつかまれている。それがそのまま、彼の怒りの大きさを表してるんだと思ったら、抗議の声を上げる気にもなれなくて、
「……ご、ごめんなさい……。勝手なことしたのは、悪かったと思ってます、けど……。でも、これにはいろいろ……複雑な事情が、あって……」
痛みを堪えつつどうにかそれだけ伝えると、彼は更に声を張り上げた。
「だからっ! その事情とやらは何なんだ!? 僕にもわかるように説明しろッ!」
弧を描くようにつかんでいた手首を解き放たれ、よろめいて転びそうになった。でもなんとか踏み止まると、しどろもどろで返答する。
「そ、それは……。あの、ですから……いろいろと……話せない事情、というものがあって……」
それにしても、どーして私があそこにいるってバレたんだろ?
あんなに息をひそめて、身動きひとつしないように頑張ったのに……。
そんなことを思いながら、ふとベッドの下に目をやると……そこにはなんと! さっきギルに外されたキャップとリボン、いつの間にか脱げてしまっていたらしい、靴二足が――!
ギャーーーーーッ! なにあれっ!?
あんなのが落ちてたんじゃ、そりゃバレるに決まってるってば!!
……うぅぅっ、ギルってばぁあっ!
なんてことしてくれちゃってるのよぉーーーーーっ!?
とたんに恥ずかしくなって、私の体は火に包まれたみたいに熱くなった。
そんな様子に気付いたらしいフレデリックさんは、害虫に遭遇してしまった時のような顔つきで私を一睨みし、侮蔑の言葉を吐いた。
「今頃になって、己の浅ましい――淫らな姿に気付いたのか?……どこまでも恥知らずな女だ」
「な…っ! な、なん――……っ」
あまりの言われように、二の句が継げない。
浅ましい? 淫ら?……恥知らずっ?
……他のふたつはまだともかく、『淫ら』って何よ、『みだら』って!?
「ひっ、ひどいこと言わないでくださいっ! 誰が淫らですってっ!?」
「おまえ以外に誰がいる!? 兄上が動けないのを承知であんなところに潜り込んで……髪も服も乱して、いったい何をしようとしていた!? いくら想いが届かないからといって、ここまで見下げ果てた行為に走るとは……。これじゃあ、娼婦と変わらないじゃないか!!」
……しょ……娼婦っ!?
……なにそれ?
そんな……そんな言い方、あまりにもひどすぎるっ!!
「な――っ、なんなんですかそれっ!? さっきから何を誤解してるのか知りませんけど――人を侮辱するにも程があるってもんじゃないですかッ!? どーして私がそんな――っ、しょっ、しょ――、娼婦だなんて言われなきゃならないんですッ!?」
「どう見たってそういう風にしか思えないだろうが!……ただのメイドふぜいが、恐れ多くもこの国の第一王子の寝所に忍び込み、仕事も放り出して、ベッドの上で髪を乱して服も脱ぎ掛けで!――そんな有様で、まさか淑女とでも言い張るつもりか!?」
「か、髪はまだしも、服脱ぎ掛けってどーゆーことですか!? 私はほらっ、ちゃんとこーして服も着てるっ……し?」
言いながら服に視線を走らせると、胸元が僅かに開いているのを発見する。『えっ?』と思って首の後ろに手をやると、ボタンが二つほど外れていて……瞬間絶句し、またもや全身が燃え立つように熱くなる。
な――っ、……なっ、なんでっ!? なんでボタンがっ!?
いつの間に……どのタイミングで外れたのっ!?
ベッドに押し倒された拍子に?
――いやいやっ。このボタンは結構しっかりしてるし、その程度のことで、自然に外れちゃうとは思えない。
じゃあ、いったいいつ……?
ハッと閃き、私は反射的にギルを振り返った。