第4話 嫌いになれない
「リア、お願いだ。私の話を聞いてくれ」
再び伸ばされた手をもう一度払い除け、思いっ切り叫んだ。
「嫌ッ!!――どーせまた、からかって遊ぶんでしょ!? 人の反応窺って……面白がって、くすくす笑うんでしょ!?……もうたくさん! 私はギルの――ギルのおもちゃじゃないんだか――っ」
素早くギルが半身を起こし、私の腕を取って強引に抱き寄せる。
「は――っ、……離してっ! すぐそうやって、力尽くで丸め込もうとしてっ!――ギルなんて――ギルなんていっつも……!」
言いながら、私は彼の腕から逃れようと、手の届く範囲の背中や肩や腕を叩き、引っ掻き――いつも以上に、力一杯抵抗した。
「リア! 頼むから落ち着いてくれ。……傷付けたなら謝る。幾らでも謝るから――」
「なによそれっ!? 謝ればいいと思ってるのっ!? なんでも謝れば済むと思って! そんなんだからギルは――っ!」
「リア!」
ベッド脇に押し倒されて、覆い被さるように、唇で口をふさがれた。
「ん――っ!……ん、ぅ――。……やっ」
顔を背けようとしても、素早く片手で正面を向かされ、顎を固定されて、身動きが取れなくなってしまう。
気持ちが伴わない――ただ口をふさぐためだけのキスに、私は傷付き、涙が次々に溢れて……。
結局、いつもこうだ。
いつもこうやって強引に組み伏せて、自分の思いばっかり通そうとして……私の気持ちなんて、後回しにされちゃうんだ。
いつだって勝手に、告白して来たり、ところ構わずキスして来たり、抱き締めて来たり……散々、こっちの気持ち掻き回して。
なのに突然、悲しそうな顔して心配させたり、勝手に気を回して距離を置いたり、こっちの気持ち確認もしないで帰っちゃったり、突き放したり……って、やりたい放題なんだから。
……ホントに、ひどい。
どこまでも勝手な人――。
……でも、それなのに……。
悔しい。悔しい――!
全然嫌いになれないなんて。
嫌いになるどころか……どんどん好きになっちゃってるなんて。
悔しい。
……悔しいよ……。
「リア……?」
そっと唇を離して、ギルが不安げに覗き込む。
……なによ。
そんな心配そうな顔しちゃって。……こんなに泣かせてるのは、あなたなんだから。
今更取り繕おうとしたって、ムダなんだからね。どんなに謝ったって、許してなんかあげないんだから……。
文句の一つも言ってやろうと、口を開いたつもりだった。
なのに、口からこぼれたのは、自分でも意外だったけど、文句なんかじゃなくて――。
「……好き」
「――っ!……リア……」
口を衝いて出た言葉に、ギルはハッと息をのんで……。
それからしばらく、呆然と私の顔を見つめていた。
「……好き……。やっぱり好き。……嫌いになんて、なれない……」
言いながら、涙がぽろぽろこぼれる。
「……嫌いに……なりたいの?」
困ったような笑みを浮かべて、ギルが優しく訊ねる。
私はふるふると首を振って、
「なりたくない!……嫌いになんて、なりたくないよ……」
「それなら……ならなければいい。嫌いになんてならずに、もっと……」
「……もっと?」
訊ねると、ギルはすぐには答えようとしてくれず、数回私の頭を撫でると、ふわりと笑って、
「愛している。リア……」
ささやいて、今度は僅かに触れる程度のキスを落とした。
「……答えになってない」
またはぐらかされてる気がして、ちょっとムッとしてしまう。
「そう? どうして?……愛している。これが答えだよ」
「違うもん! 私が訊きたいのは、『嫌いになんてならずに、もっと……』の後の言葉だもん。『愛している』じゃおかしいよ。意味が通じないじゃない!」
ギルはまた、くすくす笑って。(――って、さっきから笑ってばっかり!)
「意外に細かいね、君は。――そんなこと、どうだっていいじゃないか。とにかく、私が言いたいのは……君を愛しているってことなのだから」
「ダメ! どーでもよくない!……絶対、何かごまかそうとしてるでしょ? いい加減、わかっちゃうんだからね、そーゆーの!」
睨みつけるように見上げると、ギルは何故か、一瞬、照れたような笑みを浮かべてから、
「……やはり、言わなければダメ――?」
熱っぽい潤んだ瞳で、私を見据えた。
その視線にドギマギしつつ、恥ずかしさに目をそらせたくなるのを、どうにか堪えながら、私は軽くにらんで言い返す。
「だっ……ダメ。ちゃんと言ってくれなきゃ……許さない」
彼はふぅとため息をつき、観念したように『わかったよ』とつぶやくと、私の耳元に口を寄せ、ささやくように告げた。
「嫌いになどならずに、もっと……今以上に、私を好きになればいい。……いいや。私が君を夢中にさせてみせる。毎日、一時たりとも、私のことが頭から離れぬほどに……私のことを想わずにいられぬほどに。私以外の何者も入り込めぬほどに、君の心を、私だけで満たしてしてみせよう。……いいかい、リア? 君はもう、私の虜だ。君の心も体も、全て。私だけのものにしてみせるから……覚悟しておいで?」