第3話 恋の熱量
「私はまだ、夢を見ているのかな? リアの方からキスしてくれるなんて……。うん、そうだ。やはり夢だ。私はまだ、夢の中にいるに違いない」
唇を離したとたん、ギルは芝居じみた口調でそんなことを言い、私の頬は、たちまちカーッと熱くなった。
なんてことしちゃったんだろうと、即座に後悔する。
ギルがこうやって、人からかって遊ぶのが好きな人だって、わかってたクセに。
なのに、どーして自分からキスなんて……。
ああああっもうっ! 私のバカッ!
今の私はきっと、ゆでダコみたいに赤くなってるに違いない。頭から湯気だって出ちゃってるかも知れない。
そう思ったら、とても顔なんて上げていられなくて、
「もぉ! ギルの意地悪っ!」
拗ねた声を上げると、彼の視線から逃れるように、胸元に顔を押し付けた。
すると、頭上でくすくす笑う声がして……。なんだか恥ずかしいやら悔しいやらで、居た堪れない気持ちになった。
「今更、そんなに恥ずかしがることはないだろう? 君が言ったんだよ? 『ねえ、教えて? 私はあなたに、何をしてあげればいいの? どうすればいいのか、ちゃんと言って? そうすれば私……なんだってする』って」
「――っ!」
びっくりして、両手をギルの体の両脇に置き、体を浮かせてじっと見つめた。彼はまた、クスッと笑って、
「『今度はごまかしたりしない。はぐらかしたりもしない。逃げたりもしない。だから……だから言って。お願い、ハッキリ言ってよ。何をすればいいの?』……ね? 全て君が言ったことだろう? だから私は、その後こう言ったんだよ。『それならやはり、キスして欲しいな』――とね」
恥ずかしさなんか、もう、とっくに通り越していた。
私はただただ唖然として――バカみたいに口をポカンと開けて、ギルを凝視していた。
「リア?……そんなに見つめられては、照れてしまうよ。いったい、どうしたと言うんだい?」
「どっ、どーしたと……言うんだい、って……」
だって……そりゃ、普通驚くでしょ?
私が言ったこと……たぶん、一語一句間違わずに、言ってみせたよね、今?
……言った本人だって、すでに『確か、そんな意味あいのことだったよなぁ?』って程度にしか、覚えてないってゆーのに……。
「もしかして、君が言ったことを全て覚えていたから、驚いているのかい?……フフッ。そんなことで驚いてくれるなら、もっと言ってみせようか?」
「え? もっと……って?」
私が首をかしげると、ギルはちょっと得意げに笑って。
「『ギルが好き。好き。好き。大好き。世界中で一番――ううん、宇宙中でも、一番好き。誰よりも好き。ギルが――ギルのことが大切なの。失いたくないの』……これはどう?」
「そ――っ!……そ、そっ、それっ……それってっ!?」
全身の血が、一気に逆流してくような気がした。
背筋がゾワワワッてなって、それから全身――足の爪先から頭のてっぺんまで、カーーーッと沸騰してるみたいに熱くなって。
……それから、一瞬のうちにその場から……消えてしまいたくなった。
「ど――っ、どどっ、どーしてっ!?……どーしてギルが、それを知ってるのっ!?」
「――ん? どうしてって……私が知っていると、何かおかしいのかい?」
「おっ、おかしいよっ!! 私がそれ言ったのって、ウォルフさんの部屋行く前だ――っ、……た、し……?」
……え?
え……え、えっ?
……じゃあ……じゃあ、まさか――っ!?
「お……起きてたのっ!? あの時、もうとっくに……目が覚めてたってことっ!?」
ギルは否定も肯定もせず、にこにこと満足そうに笑っているだけだった。
笑っているだけ……だったけど、それで充分だった。
「ひっ――……ひどいッ! 起きてたクセに、寝たフリして聞いてたなんて!……ひどい……ひどいよ……。私がいったい、どれだけ心配してたと思っ――」
騙されてたんだと思ったら、また急に泣けて来て……私はぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「リア……」
伸ばされた手を、パシッと払い除ける。――ギルは傷付いたような顔をしたけど、私は謝らなかった。
だってひどいよ――!
とっくに起きてたのに、寝たフリしてこっちの様子窺ってたなんて……。
私がありったけの想いを込めて伝えたことを……一字一句間違えずに記憶しといて、わざわざからかうための道具にするなんて!
私が……私がどんな想いで、あんな告白したと思ってるのよ!
……そりゃあ、ありふれてて……使い古されて面白くもなんともない、工夫も飾り気も何にもない、単純な言葉の羅列にすぎなかったかも知れない、けど……。
しょーがないじゃない。ボキャブラリー少ないし……愛の告白なんて、どー言えばいいのか、全然わかんなかったんだもん!
それでも、伝えたくて……。
私がどんなにギルが好きか、わかって欲しくて……あれでも一生懸命考えて、勇気振り絞って伝えたのに――!
……あんまりだよ。騙すなんて……。
騙した後で、からかうなんて。
ひどいよ。そんなのあんまり――ひどすぎるじゃないっ!




