第2話 目覚めのキス
今度こそ。
今度こそ、キスしたら……目覚めてくれそうな気がした。
目を開けて、私を見て――にっこり笑ってくれるような、そんな気が……。
だけど、ギルの唇に、あと少しで触れるというところで、思い直す。
また、勝手に都合よく考えて……。
もし、目覚めてくれなかったら、どうするつもりなの?
試してみて、結局、何の効果もなかったら……私は、絶望せずにいられる?
そう思うと、怖くて。
自分の無力さを、思い知らされるだけのような気がして……。
――どうしても、触れることが出来なかった。
「ギル。私、どうすればいい? 何をしてあげれば、あなたは目覚めてくれるの……?」
声が震えて。涙が溢れそうで。
……もう、どうしていいかわからない……。
今なら、あなたが望めばなんだってするのに。
あなたが目覚めてくれるなら、なんだってしてみせるのに――!
「ねえ、教えて? 私はあなたに、何をしてあげればいいの? どうすればいいのか、ちゃんと言って? そうすれば、私……なんだってする。今度はごまかしたりしない。はぐらかしたりもしない。逃げたりもしない。だから……だから言って! お願い、ハッキリ言ってよ!――何をすればいいのっ!?」
堪らずに、両手で顔を覆った。
――とたん、涙が後から後から溢れて来て、幾筋も頬を伝って……。
「それならやはり、キスして欲しいな」
「――っ!」
ビクンと肩が揺れ、心臓が大きく飛び跳ねる。
「……え……?」
今の声……。
少し低くて、微かに甘い響きの――この声、は……。
「どうしたんだい、リア? 私が望めば、何でもしてくれるんだろう?……とするとやはり、まずは君からのキスが欲しい」
「――ギル!?」
驚いて顔を上げると、ギルが横たわったまま、僅かに顔をこちらに傾けて……柔らかく微笑んでいた。
「ギル……。あ……あぁ……」
再び涙が堰を切ったように溢れ出し、頬から顎を伝っては、服の上に落ちる。
「リア――」
ギルがその姿勢のまま、『おいで』と言っているように、大きく両手を広げた。
それを見た私は、自分でも驚くほど素直に、すぐさまその胸に飛び込んだ。
「ギルっ!――ギル、ギル!……ギルぅっ!」
私は何度も彼の名を呼びながら、その胸元に顔を埋め、涙を落とした。
彼はそんな私の肩を抱き、愛おしむように、何度も頭を撫でながら、優しい声色でささやく。
「すまない、リア。……心配させたね。おまけに、君を幾度も泣かせてしまった。……本当に、すまなかった」
「……ギル……。よかった。――ホントに、よかったぁ……」
私はそれだけ言うのが精一杯で、あとはしばらく、ギルの胸にしがみつくようにして泣き続けた。
その間、彼は私の頭を繰り返し撫でたり、胸元に置かれた私の手を握って、口元に寄せ、指先にキスしたりした。
いつもだったら、恥ずかしくて、うろたえて、逃げ出してるところだけど……。
今は自然に、受け入れることが出来る。
……だって、ギルが目を覚ましてくれたんだもん。
優しく笑って、抱き寄せてくれたんだもん。
こんなに嬉しいのに……拒む理由なんて、あるワケないよ。
ギルが襲われてから、まだたった一日。
――ううん。時間に換算したら、半日も経ってないのかも知れない。
それなのに、なんて長く感じる時だったろう。
こんなにも長く、怖い思いをしたことなんて――今まで、きっとなかった。
不安から解放され、愛する人の懐に抱かれて……私の心は、ようやく落ち着きを取り戻し、涙はいつしか引いていた。
この上ない幸福感に満たされていたためだろうか。私は、いつもより大胆になっていたらしい。
少し体を起こし、顔を寄せると、私はギルの唇に、自ら唇を重ねた。