第13話 夢の記憶
「リナリア様?……いかがなさいましたか? お顔の色が、赤く染まっていらっしゃいますが――」
「――っ! わ、わかってる! わかってるから、ちょっと放っといてっ!」
頬を押さえたままうつむき、ギュっと目をつむる。
落ち着け、落ち着け……落ち着くのよ、私っ!
け、今朝のは、あくまで夢なんだから。夢の中の出来事で、現実じゃないんだからっ!!
だからそんな、赤くなる必要なんてないし、熱くなる必要だってないんだからねっ!?
必死に自分に言い聞かせ、どうにか心を静めようと試みる。
夢よ、夢夢っ! 夢なのよッ!!
夢――なのに……。
どーしてこーもしつこく、記憶に留まっちゃってるのッ!?
いつもだったら、夢の内容なんて、すぐ忘れちゃうのに……!
「いかがなさいました、リナリア様? 放っておけと申されましても、その……尋常ではないほどの、お顔の赤らみようですが――。もしや、ご体調が優れないのですか?」
「うぅ~……。違うのっ、夢なのっ! ただの夢なんだってばぁ…っ!」
「……夢?」
「あっ!――う、ううんっ! なっ、なんでもないのっ、なんでもっ! きっ、き、き――っ、気にしなくていーからっ!!」
毎度のごとく口をすべらせ、私は慌てて首を振った。
……ん? 『毎度のごとく』?
……うぅっ。
自然に受け入れちゃってる自分が悲しい……。
「今朝、夢をご覧になられたのですか? 思い出すだけで、顔を赤らめてしまうような……恥ずかしい夢を?」
「う――っ!……そ、そそっ、そっ、――そんなことっ!……だ、だからっ、さらっと言わないでってばぁッ!!」
どーしてこの人は、こうも冷静に、恥ずかしいことを口に出来ちゃうのぉーーーーーっ!?
「恥ずかしい夢――とおっしゃいますと、たとえば、どのような……?」
「な――っ!……いっ、言えるワケないでしょっ、そんなことっ!?」
「……なるほど。口にするのもはばかられるような、恥ずかしい夢をご覧になられたのですね……?」
「ちょ…っ! ち、ちが――っ!……違うもんッ!! そこまでは恥ずかしくないもんッ!!」
思わず両拳を握りつつ叫んでしまう。
「では、どのような――?」
「き……き、キス――っ! キスされただけだもんッ!! そこまで変なことされてないもんッ!!」
「……キス、でございますか――。……ふむ。なるほど」
ウォルフさんのつぶやきに、ハッと両手で口元を押さえる。
しまった!
変な誤解されたくなくて、つい……。
もおぉーーーっ!
結局白状しちゃったじゃないっ、私のバカッ!!
「夢、ですか……。夢、夢……夢……」
「あぅぁぁあっ!――ウォルフさん、しつこいっ!」
そんな、夢夢繰り返したりして……もしかして、からかってるっ!?
人からかって遊ぶのは、ギルの専売特許じゃないのっ?
主従揃って、そーゆー悪癖あったりするワケっ!?
だとしたら、めーーーっちゃ性質悪いわよ、この主従コンビッ!!
「夢……だったのでしょうか?」
「だからしつこ――っ!…………え?」
『夢……だったのでしょうか』?
「……なに? 今のどーゆーこと、ウォルフさん?」
意味深なつぶやきが引っ掛かって訊ねると、
「いいえ。独り言でございます。どうかお気になさらず――」
彼は憎らしいくらい落ち着き払った様子で、また微笑んでるみたいに目を細めた。
気になって、更に追究しようと口を開きかけた私をさえぎるように、
「では、そろそろギルフォード様のお部屋へ戻りましょうか。当分、フレデリック様はお出でにならないとは思いますが、用心に越したことはございません」
などと早口で告げると、ウォルフさんは、私の前に手を差し出した。
「――えっ。あ、あの……でもっ」
「さあ、お早く。ギルフォード様のお部屋には、決して誰も通さぬよう、見張り役には申し付けておりますが……長い間お一人にしておくのは、やはり心配です。私は、他の用事もございますので、リナリア様に側についていていただけますと、とてもありがたいのですが……」
そう言われてしまうと、うなずかないワケにもいかなくて。
モヤモヤした気持ちを抱えながらも、私は渋々、ウォルフさんの手を取って立ち上がった。