第12話 かけがえのない人
……『かけがえのないお方』?
私はぽかんとウォルフさんを見つめ、少しの間固まった。
え……『かけがえのない』って……なんでそんな、大袈裟な話になるの?
ギルが小さい頃の私の笑顔を、心の支えにしてたって言ったって……セバスチャンの話によると、私はただ木登りして、遊んでただけみたいだし……。
ただ普通に遊んでただけなのに、『恩人』とか『かけがえのないお方』とか言われても、ピンと来ないとゆーか……どうも落ち着かない。
「そっ、そんな風に言われても困るよっ。恩人だのなんだのって、私自身は、何にもしてないんだし。ただ遊んで笑ってるとこに、偶然ギルが通り掛かって――って、それだけの話でしょ? たったそれだけなのに、そこまで持ち上げてくれちゃったって……な、何にも出ないよっ?」
ウォルフさんの眼差しが、あまりにも温かくて。
言ってる途中で、妙に恥ずかしくなって来てしまった。
「リナリア様に、何かしていただきたくて、このようなことを申しているのではございません。ギルフォード様と私の、正直な想いを、お伝えしているだけでございます。リナリア様は、そのままでよろしいのです。あなた様が何もなさらなくても、リナリア様の存在そのものが、私達にとっての救いであり――我が主にとっては、生きる希望なのですから」
「生きる……希望……?」
「はい。リナリア様は、『何を大袈裟なことを』と、お思いになられるかも知れませんが……決して、大袈裟なことではないのです。それと申しますのも、我が主――ギルフォード様は、セレスティーナ様を失ってしまってからというもの、そのお心のどこかで……『死』を望んでおられるような節が、たびたび見受けられたからでございます」
「え…っ!? 死を望んで……って、それってどーゆーことっ!?」
『死』などという不吉な言葉が胸を衝き、私は動揺した。
そんなの嘘だ。ギルが死を望んでるだなんて、そんなの……そんなの絶対嘘っ!!
だってギルが……ギルがそんなこと望むはずない。望むワケないじゃない――!
でも……じゃあ、どーしてギルは目を覚まさないの……?
治癒能力があるのに。シリルは一度目覚めてるのに。……なのにどーして?
……『死にたい』って、思ってるからじゃないの?
体は治ってるのに、心が目覚めることを拒否してるんだとしたら――?
だったら……もしそうだとしたら、ギルはこのまま……?
「リナリア様!」
右手の温かな感触で、我に返る。
反射的に視線を下にやると、私の手は小刻みに震えていて……その手をそっと包むように、ウォルフさんの両手が重ねられていた。
「申し訳ございません。リナリア様のお心を乱してしまったようですね。――ですが、どうか誤解なさらないでください。今でも死を望んでおられる、と申した訳ではございません」
「――え?」
答えを求めてウォルフさんを見つめる。すると彼は、まるで微笑むように目を細め、
「死を望んでおられたのは、リナリア様にお会いする前までのことです。今は、むしろ逆でしょう。あなた様がずっと側にいらしてくださるのであれば、『生きたい』と……きっと、そう思っていらっしゃるはずです」
「……生き……たい?……ほ……ホント、に……?」
「はい。間違いございません。ギルフォード様に長年仕えさせていただいている、このウォルフが保証致します。あのお方は今、リナリア様のために生きようと、必死に闘っていらっしゃるはずです。きっと、もうすぐ目覚めてくださるでしょう。……いいえ。絶対にお目覚めになられます」
「ウォルフさん……」
「あと少しだけ、ご辛抱ください。どうかお願い致します、リナリア様」
彼の瞳をじっと見返してから、私はこくんとうなずいた。
「うん。そうだよね。あと少しの辛抱だよね。ギルはきっと――絶対、目覚めてくれるよね?」
「はい。無論でございます。あのお方が、そう簡単に、あなた様を諦められるはずがございません。今頃は、夢の中で、早くリナリア様のお顔が見たい、腕に抱きたい、肌に触れたいと……もがいていらっしゃることでしょう」
「えッ!?……は、肌って……。うぉ、ウォルフさんっ?」
一気に顔が熱くなり、私はうろたえ、言葉の意味を問うように彼を見上げた。
だけど、そんな視線も涼しい顔(たぶん…)で受け止め、普段といっこうに変わらぬ口調で、彼は私に問い返した。
「はい。いかがなさいましたか、リナリア様?」
「……い、いかがなさいましたか、って……」
お願いだから、さらっと恥ずかしいこと言わないで欲しい……。
そんなこと言われちゃったら、変に意識しちゃうってゆーか、気になっちゃうし……。
ギルが……う、腕に抱きたい――?
……はっ、は、肌に触れたいっ――だなん、て――……。
そこで何故か、唐突に今朝の夢を思い出し、私の全身はたちまちカーッと熱くなって、思わず両手で頬を押さえた。